そこで重視されるカスタマー・エクスペリエンスは、エンプロイー・エクスペリエンスの向上と不可分であり、海外では人事部門にもサービスデザインの発想が求められているという。
日本のサービスデザイン研究の第一人者である慶應義塾大学経済学部教授 武山政直教授に、サービスデザインの観点から見たエンプロイー・エクスペリエンスとカスタマー・エクスペリエンスの関係、人事部門に求められるサービスデザインの視点などについて聞いた。
サービスデザインとは、マーケティング分野で提唱された概念だ。いわゆる第三次産業のような狭義の「サービス」ではなく、企業が顧客に対し付加価値を生み出していくあらゆるプロセスを「サービス」と捉え、その向上のために人と組織のあり方を顧客視点で再構築していくアプローチを指す。
前述のように近年、企業の差別化要因の主軸は、商品・サービス自体の品質から、カスタマー・エクスペリエンス(顧客経験価値=CX)の質に移行している。また企業と顧客との関係性も大きく変化しつつある。スマートフォンのアプリビジネスに代表されるように、顧客が製品を利用するさまざまな生活シーンに、企業がリアルタイムに介入する機会が広がっているためだ。IoTを活用した商品・サービスの登場や、シェアリングビジネスの普及により、この傾向はますます加速するはずである。
「モノを売ったら終わりではなく、顧客との関係性を長く維持しながら、優れた体験を顧客とともに創り上げていくような組織を構築していく必要があります。そしてそれに相応しい従業員の働き方やマインドセットも求められています。サービスデザインにおいて、CXとともにエンプロイー・エクスペリエンス(EX)が重視されているのもそのためです」
CXとEXの関係について、武山教授はこのように語る。
顧客と従業員の接点を可視化するサービス・ブループリント
企業がサービスデザインのアプローチを取り入れる有効なツールとして、武山教授は「サービス・ブループリント」(図1 参照)を挙げる。顧客が企業のサービスを利用する流れに沿って、行動やタッチポイントをマッピングしたうえで、それらが企業側の業務フローや従業員のパフォーマンスとどのように関係しているのかを整理したものだ。
「多くのビジネスパーソンは、自分の業務には詳しいが、それが他の部門とどう関わっているのか、最終的にエンドユーザーにどう繋がっていくかがわかっていないことが多い。サービス・ブループリントでCXと業務全体の関係性を見える化することで、どこに改善の余地があるのか、どう変えればCXを高めることができるかわかります。これをもとに、さまざまな部門が分野横断的な議論を重ね、既存の枠組みにとらわれないイノベーティブな発想を引き出すのがサービス・ブループリントの本質的な意義です」
実際、不動産企業のマンション販売チームでサービスデザインを行った例では、単に物件を売るのではなく、「その都市空間・地域社会で顧客が望むような生活体験をいかに創出するか」というビジョンが引き出され、これを起点に接客フローからモデルルームの空間デザイン、スタッフの働き方までを刷新。CXおよびEXの両面で大きな成果が生まれたという。
人事部門のサービスデザインがEXとCXを繋ぐ
本来、顧客の満足と従業員の満足は表裏一体のはずだが、サービスデザインのアプローチがEXを引き下げてしまっては本末転倒だ。
「サービスデザインを進めるうえで、『組織の変革』と『個人の成長』を結びつけるよう、配慮することは重要です。海外では『タレントキャンバス』(図2 参照)を使って、企業の求める人財ニーズと、個人のキャリアビジョンの融合を図る企業が目立ちます。いわゆるキャリア開発の一種ですが、『キャンバス』の名の通り、従業員自身が思い描くビジョンを重視している点が特徴です」
サービスデザインと人事的な取り組みは、もっと連携すべきだと武山氏は強調する。
「人事部門も、ぜひサービスデザインのアプローチを積極的に取り入れるべきです。現在のサービスデザインの多くは、顧客視点からスタートして、結果としてEXの向上に繋げるものですが、人事部門がサービス・ブループリントの議論に参加するだけでも、CXとEXを融合させる新たなヒントが導けるかもしれません」
タレントキャンバス
「好きなこと」「それほど好きではないこと」「自分の強みと思えるもの」「向上の余地があるもの」「自分にとっての仕事の目的」など、個人の特性や資質および思い描くキャリアビジョンを洗い出す。人財の能力の管理とキャリア開発をサポートするツールとして活用されている。
Profile
愛知県名古屋市生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、同大学院、米国カリフォルニア大学大学院に進学し、Ph.D.取得。2003年より慶應義塾大学経済学部准教授、2008年より現職。都市生活者の空間行動やマーケティング、サービスデザインの研究教育に従事。特に近年はサービスデザインの手法開発をテーマとする産学共同研究や、その成果をビジネスに応用するコンサルティング活動も行っている。