社員一人ひとりの健康に配慮することが、 エンプロイー・エクスペリエンスを育む

「従業員の健康や福利厚生に関することは、すべてコストである」。このように考えていた企業が今までは一般的でしたが、ここ数年、従業員の健康に関与することを"投資"だと捉え直す企業が増えてきています。現に、世界的企業のジョンソン・エンド・ジョンソンは、「健康投資1ドルに対して、約3ドルの投資リターンの成果につながった」という結果を発表しています。

従業員の健康に配慮することが、従業員の活力や生産性を向上させ、結果的に企業の業績向上にもつながるという「健康経営」の考えを日本で推進しているのが、私が所属する経済産業省のヘルスケア産業課です。2014年度は「健康経営」に取り組む東京証券取引所の上場企業を一業種一社顕彰する「健康経営銘柄」の選定を開始。2016年度には医療法人や中小企業も含めた優良法人を顕彰する「健康経営優良法人認定制度」を創設しました。これらの制度の反響は非常に大きく、2年前までは約700法人だった大規模法人向けの健康経営度調査回答数が、今年度は約1,800法人にまで増加する見込みです。増加の背景には、健康経営優良法人に連続で認定された企業に対して行ったアンケート調査の結果が示しているように、認定によって、従業員の仕事満足度・モチベーションの向上、顧客や取引先に対する企業イメージの向上、労働時間適正化や有給取得率の向上につながったことが挙げられます。

このように、従業員への健康に配慮することを"投資"と考える企業が増すなかで、注目の取り組みをしているのが、大手小売業の丸井グループです。同社はシフト制で働く女性社員が多く、女性特有の体調不良に配慮するとともに残業時間の削減を目指して柔軟な勤務パターンを採用しています。こうした社内における健康意識の高まりは、各事業所から選抜された若手を含めた幅広い年代の従業員たちによる全社横断プロジェクトの結果です。活力のある職場をつくるうえでの課題を見つけ、それに対する施策を考案して経営陣に提案していったそうです。電線大手のフジクラも従業員の課題からおもしろい試みを始めた企業の一つです。従業員の運動機能を数値化したところ、本社で働く従業員は、柔軟性が足りず肩こりや腰痛等に悩まされているという結果が出ました。一方で、工場勤務者は自動車通勤のため足腰が弱く、このままでは、事業所内での事故リスクが高いという結果が浮き彫りになりました。そこで、従業員の発案から工場では自転車通勤を促進するためにスポーツバイクの無料貸し出しを実施。本社ではコミュニケーションスペースに"うんてい"を設置しました。すると、健康増進への取り組みがリフレッシュ効果を生み出し、さらにコミュニケーションスペースに人が集うようになり、従業員同士のコミュニケーションを活発にさせたのです。両社とも、従業員が会社のなかでいきいきと働く経験価値が、個人や組織の生産性を高め、結果として顧客へ還元することを目標としています。

健康というトピックには、組織変革の可能性が詰まっています。健康はすべての従業員の関心事であり、自分ごととして捉えやすく、ボトムアップで改善策が挙がってきやすいためです。エンプロイー・エクスペリエンスの意識を育む第一歩として、「従業員の健康増進に寄与する職場環境をどうつくるか」というテーマで議論を始めてみてはいかがでしょうか。

Profile

紺野春菜氏
紺野春菜氏
経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 係長

1989年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、2012年経済産業省入省。貿易経済協力局資金協力課、製造産業局素材産業課等を経て、現在ヘルスケア産業課にて、企業が従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営」の推進を行っている

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