「働き方改革関連法」の施行、現実味を帯びてきた「新卒一括採用の廃止」など、2019年は日本型雇用の一つの転換期を迎える。旧来の働き方からの脱却が求められるなか、個人と組織はどのようにキャリア開発に取り組んでいくべきか、武石恵美子氏が語った。
安定よりも自在な働き方を重視する学生たち
「働き方は選べないが、安定している」、「働き方は選べるが、安定していない」。あなただったらどちらを選びますか?この質問は、「働き方」についての授業で私が学生たちに行ったアンケートの1つです。結果は、後者の「働き方は選べるが、安定していない」を選んだ学生が、もう一方の2倍でした。5年前に同じアンケートを実施したときとは真逆の結果に、この数年の「働き方」に対する意識の変化を実感しました。
これは私が教える一部の学生に対して行ったアンケート結果ではありますが、「安定を選んでも、今後どうなるかわからない」「自分のやりたいことをやらない方がリスク」といったコメントから、旧来の価値観にとらわれていない若者の柔軟さがうかがえます。
企業選びの基準は"市場価値"を上げることができる会社か
若者の意識の変化は、就活においても顕著に出ています。就職先に求める条件に、労働条件や賃金だけではなく、「やりがいを持てるか」「成長できる環境か」、さらには「自分の市場価値を上げることができるか」という長期的な視点で判断する学生が増えています。
このような市場価値に敏感な学生や新卒社員の傾向は、日本型雇用が大きな転換期を迎えている現状に影響を受けている表れでしょう。大企業も倒産する現実を見て育った世代だからこそ、「自分のキャリアは自分で舵取りをしたい」というマインドを持っているのです。そういった背景から、アンケート結果のように、安定よりも働き方を選びたいと思うのでしょう。
自律的にキャリア形成に取り組む人を育むためにできること
人生100年といわれる時代ですから、働くことも含めて自分が納得できる人生をどう築いていけるか――。「働き方改革」は自身の「生き方改革」と言い換えることもできます。そのためには、個人が自発的にキャリア開発を行う「キャリア自律」が求められます。企業もそれをバックアップする環境を整備することが必要です。そのためには、以下の取り組みが有効でしょう。
1つ目は、外部労働市場におけるその人の価値を確認することです。すでに今後のキャリアを見据えている若手層では、転職エージェントに登録するなどして、客観的な指標によって自分の市場価値を知るという動きが出てきています。最近は、外部労働市場における賃金相場を、自社の社員にあえて公表する企業も出てきているようです。
2つ目は、「副業」や「他社留学」といわれるような外部の人との交流の場を積極的に持つことです。組織の外の世界とつながれる仕組みを通じて、自身のスキルの汎用性を判断することができます。また、従業員を送り出すだけではなく、社外から受け入れるのも効果的でしょう。外部との接点を持つことで、自身を客観的に見られるため、広い視野でキャリアを描くことができるのです。
3つ目は、人事制度として長期的なキャリアを考える機会をつくることです。例えば半年ごとに職務経歴書を書いてもらってキャリアの棚卸しをするワークショップを社内で実施するのも一案です。
一人ひとりの自律的なキャリア形成は組織の活性化や多様性へとつながり、企業の競争力を高める一番の"人材育成法" だと考えます。
Profile
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(社会科学)。労働省(現 厚生労働省)、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授等を経て、2007年より現職。
著書に、『キャリア開発論』(中央経済社)など。厚生労働省「労働政策審議会 障害者雇用分科会」、「労働政策審議会 雇用均等分科会」等の公職を務める。