働き手が不足するこれからの日本では高齢者のスキルや経験が重要な社会資産となっていくと考えられる。
「高齢者が若者を支える社会」を提唱し、最先端のテクノロジーの力で高齢者と仕事のマッチングに取り組んでいるのが、東京大学先端科学技術研究センターの檜山敦氏だ。
高齢者の就労のあり方とそれを実現する方法、そして企業に求められる行動について檜山氏に語っていただいた。
──「高齢者が若者を支える社会」という発想はどこから生まれたのでしょうか。
博士号を取った後、私が最初に関わったのが、ICTやロボット技術で少子高齢化を支えることを目指すプロジェクトでした。そこではじめて超高齢社会の実態に触れたのですが、驚いたのは、65歳以上の皆さんが非常に元気だということです。エネルギーがあるし、経験も豊富だし、社会の仕組みについてもよく知っている。
そのような人々を一概に「支えられる存在」と捉えるのは間違っているのではないか。そう思いました。むしろ、経験が浅く、経済力もない若者を支える力が高齢者にはあるのではないか、と。
もう1つの気づきは、人口構成に関するものでした。通常の人口構成は、若者が少なく高齢者が多い「逆ピラミッド」の形になっています。それゆえに非常に不安定に見えるのですが、これを180度ひっくり返してみると、安定したピラミッドになります。これはまさに、「高齢者が若者を支える社会」だと考えました。
──その「支え方」とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
働くことによって支えるのが基本だと思います。高齢者には就労意欲の高い人が多いのですが、特徴的なのは、仕事に対するモチベーションが多様だということです。収入だけではなく、自己成長、達成感、健康づくり、仲間づくりなど、仕事に求めるものは非常に多岐にわたります。その多様なモチベーションを生かした仕組みづくりが必要です
もう1点、高齢者は現役時代と同じようなフルタイム労働を求めてはいないというのも重要な視点です。1日のうちの何時間か、あるいは週のうちの何日か働く。自分が暮らしている地域で働く。多くの高齢者は、そんな限定的な働き方を求めています。
そこで最近注目されているのが、「モザイク型就労」という考え方です。「時間」「空間」「スキル」の3つの要素を適宜組み合わせて、複数人で1人分の仕事を行うという考え方で、これによって多くの高齢者が無理なく働くことができるようになるわけです。
高齢者のニーズと案件を自動的にマッチングさせる
──それを実現するのが、「GBER(ジーバー)」や「人材スカウター」といったテクノロジーですね。それぞれについてご説明いただけますか。
「GBER」は、地域における高齢者の社会参加促進を実現するWebアプリです。就労意欲のある高齢者に、「働ける時間」「働ける場所」を登録してもらい、さらにQ&A の形で、どのような仕事がしたいか、どのようなスキルを持っているかを答えてもらいます。そしてそれぞれの要素に合った仕事の案件を自動的にリコメンドし、そこから登録者が案件を選ぶという仕組みです。
最初にこのシステムを導入したのが、千葉県柏市のセカンドライフファクトリーという一般社団法人です。「植木の剪定」という案件に絞って登録者を募ったところ、106人の高齢者が登録してくださいました。うちアクティブユーザーは30人程度なのですが、これまでの延べ就労者は2800人近くになっています。つまり、30人の人たちが何度も繰り返し仕事に参加しているということです。この仕組みは現在、いくつかの企業やシルバー人材センターなどで導入、もしくは実証実験が進んでいます。
一方の「人材スカウター」は、企業の経営相談にのれるプロ人材を対象にした人材検索エンジンです。新規事業の創出やM&A など、外部人材の豊富な経験が求められる領域の案件とリタイアした人材とのマッチングを行います。
──これらのテクノロジーはシニアに限らず、多様な働き手の就労マッチングに使えそうですね。
ええ。現在のところ対象はシニアですが、女性、障がい者、外国人、非正規の立場で働いている皆さんなど、多様な働き手のマッチングに使える汎用的な仕組みです。今後、さまざまな領域で活用事例を増やしていきたいですね。
働き方の変革には発想の転換が必要
──シニアの新しい働き方を実現するために、企業側がやらなければならないのはどのようなことでしょうか。
新しい働き方の最大のボトルネックは、日本の働き方の特徴であるメンバーシップ型雇用です。メンバーシップ型雇用とはご存じの通り、職務定義が明確ではなく、職位に対して給料が定められる仕組みで、それが正規社員と非正規社員の格差にもつながるといえます。
これを、職務内容を明確にしたジョブ型雇用に変えていけば、人材の流動性が高まり、年齢に関係なくいろいろな場面で自分の能力を発揮できるようになります。
メンバーシップ型雇用はフルタイムで働くことを前提とした考え方ですが、シニアや子育て中の人たち、あるいは親の介護をしなければならない人たちがフルタイムで働くことは簡単ではありません。働けるか働けないかという「0か1か」の発想ではなく、あらゆる人が自分の置かれた状況に合わせて、仕事と濃淡のある関わり方ができることが理想です。「モザイク型就労」はそれを実現する1つの方法だといえます。
──人口減は待ったなしです。企業側にも早めの行動が望まれますね。
まずは発想を転換することだと思います。既存の仕組みや価値観を維持したままで働き方改革を進めようとしても、結局働く人たちが無理をすることになってしまいます。人口ピラミッドをひっくり返してみることも、ジョブ型の仕組みを取り入れることも、結局は「働く人の幸せ」を第一に考えるという発想につながると私は考えています。人が減っていく社会のなかで、いかに働く人の幸せを実現していくか。そんな視点が企業にも求められているのではないでしょうか。
Profile
1978年熊本県生まれ。東京大学工学部卒。同大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。複合現実感、ヒューマンインタフェースを専門として、超高齢社会をICTで拡張するジェロンテクノロジーの研究に取り組んでいる。理化学研究所革新知能統合研究センターチームリーダーを兼務。
著書に『超高齢社会2.0』(平凡社新書)がある。