2020年に日本の働き方改革は新章に突入する。2020年に注目される「同一労働同一賃金の導入」について、ポイントや留意点について、法政大学キャリアデザイン学部 教授松浦民恵氏に語っていただいた。
2020年4月、同一労働同一賃金関係2法の改正法が施行される。
「同じ仕事内容であれば、同じ賃金が支払われる、というのが同一労働同一賃金の本来の意味です。これを原義通りに日本に導入しようとすれば、雇用システムの根本的な見直しが必要なため、ハードルは高く、弊害も少なくないでしょう。『同一労働同一賃金』と呼ばれているものの、今回導入されるのはあくまで限定的な内容であることを認識しておく必要があります」
厚生労働省の労働政策審議会の部会などで委員を務める法政大学キャリアデザイン学部教授の松浦民恵氏はこう語る。
同一労働同一賃金の考え方が浸透している欧州では、産業別の労働協約により職種ごとに企業横断的な賃金相場が形成されている。同じ内容の仕事であれば、どの会社で働いても賃金は基本的に変わらない。
日本にはこのような横断的な賃金相場はなく、同じ内容の仕事であっても働く会社によって賃金水準はバラバラだ。
また、日本と欧州では賃金設定の考え方も違う。欧州は個々の従業員が担当する仕事内容(職務)に応じて決まる「職務給」が基本となっている。一方、日本の正規社員は職務の遂行能力を基準にして定められる「職能給」の性格が強い。
「日本も欧州のように職務給に変えるべきとの声もあります。ですが日本においては、横断的な賃金相場が形成されていないため、それだけでは同一労働同一賃金は機能しません。
また、職務給を前提にした欧州の労働市場では、新卒の未経験者と中途採用の経験者が同じポストを取り合うことになるため、充実した職業教育システムが導入されているドイツのような一部の国を除けば、若年層の失業率が高いという深刻な課題を抱えています。一概に欧州の枠組みを真似すればいいとはいえないのです」
職能給をベースとする日本の賃金の体系は、「年功序列」「新卒一括採用」といった独特の雇用慣行のうえに成り立っているが、もちろんそこにも課題はある。
「少なくとも、生え抜き社員を内部労働市場で育成・登用していくこれまでのやり方は、競争力確保という面で限界があります。これからは日本でも非正規社員も含む多様な人財を積極的に獲得していく必要があるでしょう」
そのためには、同じ会社のなかで不合理な待遇差は無くすのが望ましい。
そこで今回の法改正は、まずは同じ会社内で正規・非正規社員の間での不合理な待遇差を是正するという内容になった。
正規・非正規社員の間での待遇差については、以前から「均等待遇」と「均衡待遇」の2つの規制があった。今回施行される改正法のポイントは、この規制の強化にあると松浦氏は話す(図1参照)。
図1 均等待遇と均衝待遇
均等待遇 | 「職務内容」「職務内容・配置の変更の範囲」が同じ場合、正規社員と非正規社員の待遇を同じにしなければならない。 |
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均衝待遇 | 「職務内容」「職務内容・配置の変更の範囲」等が違う場合、その違いに応じて正規社員と非正規社員の待遇を決定しなければならない。 |
「職務内容やその変更範囲等が正規社員と全く同じ非正規社員は多くはないので、『均等待遇』の対象も限定的でした。一方、『均衡待遇』は職務内容等に違いがある場合に合理的な待遇差になっているかが問題となります。
しかし、これまで待遇差の判断基準が曖昧で、規定の実効性が不十分な面があり、今回ここを是正することになりました」
具体的には、基本給、手当、福利厚生、交通費といったさまざまな待遇ごとに、不合理な差が生じていないかを検証していく。例えば、正規・非正規にかかわらずランチをとるなかで、一方だけに食事手当を支給するのは不合理かどうか検証し、不合理であれば解消していく。
待遇差はあってもよいが、その差が不合理ではない理由を説明することが企業に義務づけられる。
今回の規制強化に先立ち、待遇差の例を具体的に示した「同一労働同一賃金ガイドライン」が策定された。しかしながら均衡待遇は民事規定であり、何が不合理かは最終的に裁判で決まる。すべての企業に共通の正解があるわけではない。
「企業側として大切なのは、自社の待遇差について丁寧に点検するとともに、労使間で話し合いの機会をしっかり持つことです。対話を積み重ねることが互いの納得感につながり、訴訟リスクの軽減にもつながります」
同一労働同一賃金の潮流は、正規社員・非正規社員を問わず、すべての働く人に影響する。働く側も今回の改正法施行を契機に、自分の仕事内容や役割と待遇の関係について、しっかりと理解すべきだと松浦氏は強調する。
同一労働同一賃金は、企業と働き手の双方に意識改革を迫っているといえる。
Profile
神戸大学法学部卒業。学習院大学大学院博士後期課程修了。博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、17年4月から法政大学へ。専門は人的資源管理論、労働政策。研究テーマは、働き方改革、非正規社員のキャリアや待遇改善、人材育成政策、女性活躍推進など。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。