副業を持つ人は2017年比で約2倍に
従業員が副業を持つことを「原則禁止」としてきた日本企業が、副業を認める動きを見せ始めたのは2017年あたりからだ。川上淳之氏によれば、第2次安倍内閣が打ち出した「働き方改革実行計画」で、副業・兼業を推進したことがターニングポイントになったという。この政策の一環で2018年、厚生労働省が公表している「モデル就業規則」から、副業を原則禁止とする規定が削除され、勤務時間外における副業を認める内容の項目が追加された。以来、副業を認める企業が増え始め、それに伴い副業を持つビジネスパーソンが増えてきたという。
「こうした政府の政策に加え、新型コロナウイルス感染拡大が拍車をかけました。労働時間の短縮によって収入が減ってしまい、生活のために副業を始める人が急増したのです。テレワークが普及し、副業が容易になったこともその流れを後押ししたようです」
全国でどれだけの人が副業を持っているのかを測る指標の一つとして、総務省による「家計調査」がある。このなかで世帯主が副業を持つ割合について調査しており、それによると「働き方改革」以前の2017年に平均で0.89%だった副業率は、2020年にはその2倍の1.92%にまで上昇している(図1参照)。
図1勤労者世帯主の副業率の推移
出典:川上氏の資料を基に作成。総務省「家計調査」より、2人以上世帯の勤労者世帯主のうち、
「副業」「事業」をしている割合を副業率としたデータをグラフにしたもの
一様ではない副業を持つ目的 キャリアアップという理由
興味深いのは、副業を持つ目的が一様ではないことだ。従来、副業を持っている人の多くは低所得者層であり、その目的のほとんどが、追加収入を得るためだった。ところが、十分な収入を得ているビジネスパーソンの間では、収入を目的とせず副業をする人が見られるという。
「私が2022年9月に独自に行ったアンケート調査で、副業を持つ人に『あなたはなぜその仕事をしていますか?』と尋ねたところ、『収入のため』と答えたのは60%程度でした。残りの約4割の人は、副業を持つ理由について『本業に役立てるためのスキルアップや人的ネットワークの構築』『趣味を生かして、やりたいことを仕事にするため』などと回答しており、収入以外の目的から副業を始める人が少なからず存在することが示されました」
本業に生かせるキャリアやスキルを習得するために、副業を持つ流れが出てきているのだ。
「少し前までは、社員のキャリアは会社の計画のもとで築かれていましたが、今は個々の従業員が自ら考え、行動して築く形にシフトしてきています。企業側も、キャリアを自律的に構築できる人を求めるようになっています。こうした流れのなかで、社員自身が自律的にキャリアを積み、スキルを磨くための手段として副業を持つという、新しい兆候が出てきています」
対価を得ることで高まる意識 越境学習的な効果も
キャリアやスキルの向上を図るなら、例えば社会人大学院で学んだり、地域のボランティア活動や各種勉強会、異業種交流会などに参加したりするのが有力な手段だろう。なぜここに副業が加わるようになったのか。
「独自アンケート調査の結果では、キャリアアップやスキルアップの効果が高い方法として、一番回答が多かったのが副業でした。お金という対価をもらうことで責任感が生まれ、意識も高くなり、結果としてキャリアアップの効果が高まるのかもしれません」
また川上氏は、副業には越境学習に似た効果があると分析する。
「越境学習は、新しい経験をし、その内省を本業に生かすというプロセスを繰り返すことで、人を成長に導くプログラムですが、副業も同様の効果があると考えられます」
川上氏の研究によると、副業の経験が生きてくる本業とは、専門分野に関する分析的な職業や、広い裁量を与えられた管理職の仕事だという。自らのアイデアを生かせる職種だといえる。一方で販売職や事務職など、上司からの指示に忠実に従うような仕事では、あまり効果は見られない。
「また、本業に生かされていると答えた人は総じて、副業の目的がはっきりしています。明確な目的意識を持つことも、副業をキャリアアップなどにつなげるうえで重要だと考えられます」
スキルの客観的評価が得られエンゲージメントへの影響も
キャリアアップの効果のほかにも、副業だからこそ得られるものがあると川上氏は言う(図2参照)。
「仕事として関わることで、自分のスキルが会社の外でも通用するものなのかどうかを知ることができる点です。これは社外に出て仕事を行うからこそわかる側面です。本当の競争力を持っているかどうかを知ることは、働く本人にとっても所属する会社にとっても、意義深いと思います」
今後、副業は柔軟な働き方の一つとして定着するのだろうか。
「政策が元に戻るとは考えにくいですし、副業を持つ人が増えていることからも、こうした動きは続くでしょう。また仕事と幸福感との関係を示すデータからは、『副業を持ちたいのに持てない』という状態は、マイナスに作用することがわかっています。つまり副業はワークエンゲージメントに影響を与えるのです。副業を認めることが企業のブランド価値向上につながることからも、今後も副業は広がっていくと思います」
従業員の健康や労務管理など 副業の浸透には留意すべき点も
だが、副業はポジティブな面ばかりではない(図2参照)。まず懸念されるのは、労働時間が長くなってしまうことだ。
図2副業によるポジティブな効果と留意点
- キャリアやスキルの向上 越境学習的な効果、対価を得ることによる責任感が作用
- スキルの客観的な評価 自分のスキルが世の中で通用しうるものなのかを知る
- 企業のブランド価値向上に寄与 副業を認めることがワークエンゲージメントに影響
- 従業員の健康 オーバーワークによる心身の疲れへの懸念
- 従業員マネジメントのアップデート 従業員の健康状態と副業環境を含めたマネジメントが必要に
- 情報流出のリスクの増加 社内情報の流出禁止は、企業が副業を認めるうえでの必須条件
「副業をしている人は概して『どちらも本業だと思っている』と話します。本業も副業も、力の入れ方に違いはないという人が多いのです。そのため長時間労働に陥る可能性があります。仕事ですからストレスもあるし、疲れもある。健康面については不安が残ります」
ウェルビーイングの観点から労働時間の短縮などに努めている企業にとっては、従業員のことを考えたせっかくの努力とは逆の動きになる可能性がある。社員のメンタルヘルスや疲労度を考慮したマネジメント自体が困難になる状況にもなりかねない。川上氏は、「副業が認められるようになると、部門を預かる管理職には、部下の副業状況までを踏まえたマネジメントが求められるようになる」と指摘する。
また、副業を持つ社員の割合が増えれば、情報流出などのリスクも高まる。その対策も必要になる。
「副業が浸透してくると、従業員の副業に関する情報を部署内で共有するといった対応が、企業側では必要となってくるかもしれません。従業員のマネジメントのあり方も、変化が求められてくるのです。副業には、こうした留意点も存在していることを、十分知っておく必要があるでしょう」
Profile
学習院大学経済学部卒業後、同大学経済学研究科博士後期課程単位所得退学。2010年、同大学にて博士(経済学)取得。経済産業研究所リサーチ・アシスタント、学習院大学学長付国際研究交流オフィス准教授、東洋大学経済学部准教授などを経て2022年より現職。主な著作に『副業の研究──多様性がもたらす影響と可能性』(慶應義塾大学出版会、第44回労働関係図書優秀賞受賞)。