企業の人事にとって大きな役割の一つが人材育成です。新たな人材育成の手法が次々と生まれるなか、「どれが自社にとって効果的なのかわからない」という人事担当者も多いのではないでしょうか?この記事では、世代別の人材育成に定評のあるシェイクの吉田実氏に、効果的な人材育成法を伺いました。
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人材育成の陥りやすい“罠”
「日々の業務に追われ、研修を行う余裕がない」「人手が足りず、長期的な人材育成の戦略を描けない」……。中小企業からは、そんな声がよく聞こえてきます。「そもそも人事が総務も兼ねる中小企業では管理部門の人員が少ないため、ほとんどの企業が人材育成を継続的に行うことに難しさを感じています」。
そう語るのは、研修や組織開発を通してリーダーシップ開発に力を注ぐシェイクの代表取締役社長 吉田実氏。「多くの企業は人材投資の必要性こそ理解していますが、実際に効果的な人材育成を実施している中小企業は数%にすぎません」
ただし、人材育成は正しい手法で実行すれば、着実に離職率低下などの効果が表れるといいます。「うまくいけば、社内にも後輩を育成しようというムードが育まれ、若手がどんどん成長する好循環も生まれます」(吉田氏)
では、どうすればそうした好循環を生み出せるのでしょうか。まず意識すべきは、人材育成の苦手な企業が陥りがちな“罠”を知ることだといいます。その罠とは以下の3つです。
- 1.経営トップに人材育成のビジョンがない
- 2.短期間で人材育成の効果を出そうとする
- 3.OJT(業務での訓練)、1on1(個人間面談)などと、目新しい手法を次々と導入する
こうした “罠”にはまった結果、人事部と現場がバラバラに動き、結果的に人材がなかなか育たないという事例は後を絶ちません。「まずはトップが、どんな人材を育てたいかというビジョンを掲げること。そのうえで経営幹部が育てたい人、人事部が育てたい人、現場が育てたい人の方向性をすり合わせ、全社を挙げて長期的に人材育成に取り組むことが重要」と吉田氏は強調します。
「新入社員」「若手」「中堅」「管理職」世代別の効果的な人材育成手法
では、どのように人材育成のビジョンを掲げ、経営幹部と人事部、現場が一体となって、その実現に向けて動けばいいのでしょうか。そこでカギを握るのが、新入社員や若手社員、中堅社員や管理職といった各世代の仕事に対する姿勢の特徴を認識し、それぞれに効果的な育成法を当てはめることです。以下で具体的に見ていきましょう。
新入社員(20代前半)
会社の長期的な競争力確保には新入社員を継続的に採用し、戦力にしていくことが不可欠です。ただし、時代によって新入社員の気質は変わるもの。今の20代前半の新入社員にどんな特徴があるのかを押さえておくことが必要です。
特徴:納得感が行動の源泉
その特徴をひと言で表せば「自分の納得感が行動の源泉」ということ。かつてのように、皆が一斉に出世レースをひた走る時代ではなくなっています。今は会社が定めた目標を達成するために競争をあおっても、新入社員はついてきません。それよりも重視するのは、「成長につなげたい」「やりがいを重視したい」ということ。そうした目的に合致しているという納得感が、何よりの行動のエネルギーになるのです。
育成の目的:戦力化と定着化
使える戦力に成長してもらい、会社に貢献してもらうこと。ただ、それだけを目的にしてはいけません。今どきの新入社員は、成長の実感がないと早々に離職してしまう傾向にあります。そのため、定着を促すことも人材育成の大事な目的になります。
効果的な育成法:個別アプローチが有効
新入社員の仕事の納得感を高め、戦力化や定着化につなげるには、「自分にとっての仕事の意味づけ」が重要になります。そのため、個々に寄り添い、仕事の意味を見つけるサポートが人材育成の第一歩になります。一律的な育成より、個別アプローチが有効なのです。
もちろん、入社直後の基礎的なビジネスマナー研修も欠かしてはいけません。そのうえで個々の納得感を高める人材育成を施し、「自分を成長させてくれる会社」と実感してもらうことが、新入社員の働く動機を高めていくのです。
若手社員(20代半ばから30代前半)
20代半ばから30代前半の若手社員は、入社して数年が経ち、イチ作業者ではなく主体的な行動が求められます。
特徴:出世に対する興味が低い
先ほどの新入社員とそう大きな差はありませんが、この世代も「自分の納得感が行動の源泉」になり、出世に対する興味も低い傾向にあります。
育成する目的:会社への貢献と人材の定着化
一つは、彼らの成長を後押しすることで、会社の成長に貢献してもらうことです。仕事は慣れてくるとマンネリ化し、成長が鈍化してしまうもの。そうならないよう、成長を後押しする環境づくりが重要になります。
また、仕事をそつなくこなせるようになると、若手社員のなかには、さらなる成長機会を求め、早期離職を考え始める人が少なくありません。せっかく育った人材に次々と離職されては、会社にとっては痛手でしょう。それを防ぐには、若手社員の成長機会を継続的に用意することが不可欠です。
効果的な育成法:組織を動かす経験づくり
新入社員と違うのは、単に一つひとつの仕事を意味づけるだけでなく、小さくてもいいのでプロジェクトを任せ、「組織を動かす」経験をさせることが重要になります。どんな仕事にもマネジメントの能力は不可欠。マネジメント能力が高まり、それを評価してあげることで、離職防止にもつながります。
ここで重要なキーワードは「組織視点」です。個人ではなく、組織の立場から物事を俯瞰して見る姿勢です。組織視点が育まれれば、自分のプロジェクト実現に向け、いかに社内で根回しするか、部下のやる気を高めるかといった、やるべきことも見えてきます。
中堅社員(30代半ば~40代前半)
中堅社員は、主体性やリーダーシップを発揮し現場を動かす力が求められます。
特徴:組織に対するあきらめが強い
この世代の特徴は、2000年代前後に就職した「就職氷河期世代」と重なることです。それまでのバブル世代のように、経済全体が右肩上がりではなく、リストラが相次ぎ、終身雇用の崩壊が始まった時代。そんな停滞期に20代~30代前半を過ごしたことで、出世競争にまい進しようとするモチベーションが、はじめてくじけた世代でもあります。そのため「組織に対するあきらめが強い」のが特徴。出世ばかりが人生ではない、管理職になんてなりたくない……。そう感じる人も少なくありません。
育成する目的:次世代リーダーへの投資
中堅社員は何といっても、今後組織を引っ張る中核人材。彼らを育成する目的の一つは「次世代リーダーへの投資」にあります。中小企業の多くは、将来の経営者候補を育てるためにも、管理職の一歩手前の中堅社員から先に育成したいというニーズがあり、多くの企業が「10年後のリーダー」に投資をしたがっています。
効果的な育成方法:選抜し、内省する機会を提供
「10年後のリーダー」を育成する第一歩は、まず優秀な人材を選抜すること。そして、その選抜された人材に、自分の考えや行動を客観的に見つめ直す内省の機会を設けることです。なぜ内省が必要かというと、中堅社員にもなると、仕事もパターン化し、漫然と毎日を過ごす人が少なくありません。そこでいったん立ち止まり、自分を見つめ直すことが重要です。
「今、世の中で起きていること」「会社の状況」「自分自身の置かれている立場」などを考えぬくことで、自分にどのような強みがあり、周囲をどのように動かしていけばいいか。それらを自覚することが、リーダーの育成につながります。
管理職(40代半ば以上)
最後に、多くの企業で40代半ばからの世代が該当する管理職はどうでしょうか。
特徴:保守的になりがち
この世代の特徴は、右肩上がりの経済成長を遂げていたころの成功体験を持つがゆえに、それがバイアスとなり「保守的になりがち」。自身の成功体験が強いほどその傾向は強固になります。過去の体験ばかりにとらわれると前向きなビジョンを描きにくくなります。
育成する目的:全社的な人材育成の第一歩になる
実は、管理職の人材育成に積極的な企業は少なくありません。では、なぜ管理職を育成するのか。それは、若手社員や中堅社員の成長を後押しするようなコミュニケーションを期待されているためです。ありがちなのが、過去の成功体験からの仕事の進め方を部下に押し付けてしまうこと。管理職自身にそのようなバイアスがあると気づいてもらい、指導力を高めてもらうことが育成の目的になります。
効果的な育成方法:無意識を自覚し、傾聴のスキルアップを
「部下を育成できる管理職」にステップアップしてもらうためには、従来通りのマネジメント研修やリーダーシップ研修だけではなく、多様な人材を理解する土壌を養成する研修が欠かせません。
とはいえ、管理職世代が中堅以下の世代を真に理解することは容易ではありません。そこで、自分たちの仕事に対する姿勢と部下の姿勢が違うことに気づいてもらうために、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)研修」を施すことをお勧めします。
また、「1on1」「傾聴」といったスキルの養成を通して、部下の本音を引き出すコミュニケーション力を育む研修も効果的です。傾聴を通して、違いに気づく機会を得られるからです。
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人事に求められる役割
以上のように、「人材育成」といっても世代によって大きく差があることにお気づきいただけたかと思います。世代ごとの人材育成は、全社を挙げて戦略的に行うことが不可欠です。そこで人事担当者に求められる役割は以下の3つです。
- 会社全体の人材育成戦略を具体的な施策に落とし込むこと
- 人材は会社の財産であり、その定着は会社の成長につながるという意識を組織に植えつけること
- 多くの社員が活躍できるよう本音を引き出し、次のステップアップへの環境を整えること
こうした意識を一人ひとりの人事担当者が持てば、社員の潜在能力が引き出され、人材の定着や個々人の活躍、ひいては組織の活性化につながるはずです。組織全体のためにも「個」を生かせる環境づくりをする。それこそが人事担当者に求められる役割といえるでしょう。
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Profile
大阪大学基礎工学部を卒業後、住友商事株式会社に入社。
2003年シェイク入社。営業責任者、人材育成事業の立ち上げ拡大に従事。2009年9月、代表取締役社長に就任。近年では若手・中堅社員育成の専門家として、メディアでも広く活躍している。著書に『「新・ぶら下がり社員」症候群』(東洋経済新報社)がある。