新型コロナウイルス感染症対策として一気に広まったテレワークは、ニューノーマル時代の働き方として定着しそうです。通勤の負担がなくなるなどの恩恵がある一方、生産性が下がった、コミュニケーションが希薄になったなどの声も多く聞かれます。
なかでも懸念されるのは、慣れないテレワークに対応しながら、厳しい経営環境のなかで成果を求められているマネジメント層の負担が重くなっているということ。マネジメント層は現在どのような課題を抱えているのか。その解決のヒントはどこにあるのか。組織・人事改革に詳しいセレクションアンドバリエーションの代表、平康慶浩氏に聞きました。
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日本のプレイングマネージャー層がコロナ禍で直面している課題
「コロナショック以降、最も苦しんでいるのは間違いなく『プレイングマネージャー』の方々です」と平康氏は断言します。
日本の管理職は、現場の最前線でプレイヤーとして働きながら、部下を管理・指導するマネージャーの役割も果たす「プレイングマネージャー」が多いのが特徴です。一説によれば、日本の管理職の8割がそれに該当するともいわれます。プレイヤーとして優秀な人が多く、日常の仕事が忙しいのでマネジメントに割く時間をなかなか確保しにくいのが実情です。
多くのプレイングマネージャーが今まで実践してきたマネジメント手法には、次の2つの特徴があると平康氏は解説します。
- 1「背中を見て学べ」式のマネジメント
- 自分自身の仕事ぶりを見せることこそがマネジメントだと捉え、仕事の仕方や要点を言葉で指示するのではなく、見て学ぶことを部下に求めがち。具体的な行動の指針やアドバイスが乏しいので、部下はそれぞれ自分の判断で仕事をすることになります。
- 2仕事をやらせてから「ダメ出し」で指導
- 前に細かく指導しないので、まず部下に仕事を実践させてみて、結果に対してダメ出しするという指導方法が中心になります。
こうしたプレイングマネージャーのやり方は、テレワークの環境では機能しません。仕事ぶりを見せられないので、「背中を見て学べ」というわけにはいきません。また直接対面して話す場合と違って、オンライン上のコミュニケーションでは相手の表情などがわからないため、上司からの叱責の言葉が部下の心に強く刺さります。テレワーク環境ではコミュニケーションが希薄になり、孤独を感じやすいもの。そんななかでダメ出しを中心とした指導方法を続けた結果、部下との関係性を悪化させてしまっている例が増えています。
「テレワークの普及によって、プレイングマネージャーたちはマネジメントの根本的な見直しを迫られています。人事部が提供するマネジメント研修においても、この点を理解しておく必要があります」と平康氏は話します。
部下との信頼関係を構築し自律性を引き出すマネジメントが重要に
テレワーク環境の普及は、日本の管理職がこれまでのマネジメントのあり方を見直す大きな契機になると考えられます。
今後重要になるのは、部下の自律性を引き出すようなマネジメントです。そのためには部下がやるべき仕事=職務内容を明確にして、権限を与えていくことが大前提になります。とはいえ「部下の自律性を引き出すこと」は、「仕事を任せっぱなしで放任すること」とは違います。任せるだけでは自律性は生まれません。テレワーク環境で直接会う機会が減っているからこそ、コミュニケーションを密にして信頼関係を築き、「背中で語る」ではなく、言葉によって具体的な行動を導くようなマネジメントが求められます。
テレワーク時代のマネジメントのポイント
では、具体的にはどのようなマネジメントを意識すべきなのでしょうか。ポイントは3つあると平康氏はいいます。
ポイント1計画性を重視したマネジメントが重要
テレワーク環境では、事後にダメ出しを重ねる「後出しジャンケン」的なマネジメントではなく、事前に丁寧な説明を重ねる先出し式のマネジメントが不可欠です。
「プレイングマネージャーの方々は、自分たちの日々の活動が、どんなプロセスを経て業務上の成果につながっているのかを理解していないことが意外と多いのです。仮に営業部門の管理職であれば、見込み客を発掘してから実際に契約に至るまでのプロセスにおいて、どのような活動が必要で、成果を出すためのポイントは何なのかを、事前にきちんと明確にしておくことが必要です。それを部下たちにしっかりと理解させ、具体的な行動に結びつけていくように丁寧に指導していくのです」(平康氏)
ポイント2部下とのコミュニケーションはコーチングが基本
上司と部下とのコミュニケーションの質を高めるため、短時間の面談を定期的に重ねる「1on1ミーティング」が有効であると以前からいわれてきました。テレワークが当たり前の時代になると、上司と部下との対話はほぼすべて1on1型になります。
「1on1ミーティングでは、個々の部下の声を引き出すような質問を重ねて、それぞれに適切なフィードバックを与えていくコーチングがコミュニケーションの基本となります。今まで1on1やコーチングに不慣れだった管理職層は多いはず。今後は上司と部下のコミュニケーションの基本になるので、人事部は研修などを通じてそれをしっかり教えるべきでしょう」(平康氏)
ポイント3チャットでの日常的な対話で信頼関係を醸成
ただし1on1は、上司と部下との信頼関係が構築されていないとうまくいかないもの。テレワークの普及で、互いの顔を直接見たり雑談したりする機会が減り、信頼関係の醸成は難しくなっています。部下の働きぶりや心身の健康状態など、同じ職場で働いていればわかることがテレワークではわかりにくい。だからといってパソコンの稼働状態をリアルタイムで監視するようなやり方は、閉塞感を強めてしまいます。
「そこで私はチャットツールの活用をお勧めしています。就業中、部下は『今から始業します』『昼食で少し外します』などと最低限の自己申告をすればいい。一方、上司はできるだけ率先してチャットで雑談をするよう心がけるのです。『腹減ったなぁ』とか『お昼は何を食べる?』とか。
実際、テレワーク環境で少しでもチーム内の関係性や雰囲気をよくするため、部下たちの前で元気な上司であろうと一種の演技をする管理職が増えているようです。気軽なチャットコミュニケーションが日常的にできれば、在宅で働き過ぎている部下などがいても、察知しやすくなります」(平康氏)
日頃から関係性を意識したコミュニケーションを重ねておくことが、1on1ミーティングやコーチングで成果を上げることにつながっていくのです。
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人事部門は「経営戦略の達成」によりフォーカスすべき
最後に、これからの人事部はどう変わっていくべきかについて、「人事部はその企業の戦略を達成するために存在する、という原則論に立ち返っていくことが重要です」と平康氏は強調します。
「経営環境が厳しくなり、働き方も価値観も大きく変わるニューノーマル時代、人事部門は、自社の戦略を達成するために必要な人材をどう確保し、彼ら彼女らのモチベーションをいかに高めるか?という本来の課題に一層フォーカスしていくべきです。管理職層にはテレワーク環境に相応しいマネジメントを実践してもらい、部下たちには着実に成果を出してもらう。そのために自社に必要なのは何か」
例えば、ニューノーマル時代にはジョブ型雇用に移行する方が効率的だといわれますが、会社ごとにビジネスモデルも違えば企業文化も違うので、いきなり転換してもうまくいくとは限りません。
「ジョブ型雇用のお手本は海外にいくらでもありますが、単純に真似すればいいというものではないですね。自社内の人材の現状を把握し、目指したい姿を明確にして、そのギャップを明確にする。そのうえで、自分の会社がどう移行していくのかを考える。人事が今後最も注力していくべきところだと思います」(平康氏)
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Profile
グロービス経営大学院 准教授
大阪市立大学経済学部卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。
外資系コンサルティングファーム、メガバンク系シンクタンクを経て、戦略人事コンサルティングファームであるセレクションアンドバリエーションを設立。
企業戦略を支援しながら、ビジネスパーソンのキャリア構築も支援している。著書に『出世する人は人事評価を気にしない』(日本経済新聞出版)、『逆転出世する人の意外な法則』(プレジデント社)など多数。