【弁護士が解説】 労働法制・コンプライアンス 最前線
第3回 最新法令と判例から学ぶダイバーシティ推進

企業の競争力を高め、持続可能な成長を実現するためには、多様な人材が活躍できる環境を整えることが不可欠です。ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進は、企業にとって単なる義務ではなく、ビジネスの成功を左右する重要な戦略です。

本記事では、弁護士の織田康嗣氏が、D&Iに関連する法令や具体的な判例を用いて、企業経営者や人事部門の皆様が直面する法令課題とその対策をご紹介します。

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Ⅰ ダイバーシティ&インクルージョンとは

1. ダイバーシティ&インクルージョンの重要性

ビジネスの未来を担う経営者や人事担当者の皆様にとって、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進は避けて通れない課題です。多様な視点を取り入れ、全ての社員が最大限に力を発揮できる環境を整えることは、企業の競争力を飛躍的に向上させます。

2. ダイバーシティ&インクルージョンの定義

ダイバーシティ&インクルージョンとは、年齢や性別、国籍、学歴、宗教などにとらわれず、多様な人材が互いに認め合い、自らの能力を最大限発揮し活躍できることをいいます。

3. 背景

日本の生産年齢人口(15~64歳)は、2065年に約4,500万人になると見込まれており、これは2020年と比べ約2,900万人の減少です。この人口減少に対応するためにも、多様な人材が働きやすい環境を整えることが求められています。

  • 女性
  • LGBTQ
  • 障害者
  • 高齢者
  • 外国人
  • 育児・介護との両立を図る労働者
  • 病気との両立を図る労働者・・・等

このような多様な人材が働きやすい環境を作ることが重要です。企業は多様性を積極的に取り入れることで、新たな価値を創造し、持続的な成長を実現することができます。

Ⅱ 多様性にまつわる法令

多様性に関連する主な法令をご紹介します。

1. 男女差別

労働基準法4条では、労働者が女性であることを理由とした賃金差別を禁止しています。

また、男女雇用機会均等法では、賃金以外の労働条件についても性差別を禁止しています(同法5条、6条等)。

2. LGBTQ

LGBT理解増進法により、事業主は性的指向やジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解を促進する努力義務を負っています(同法6条)。

また、雇用する労働者に対し、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する理解を深めるための情報の提供、研修の実施、普及啓発、就業環境に関する相談体制の整備などの措置を講ずることの努力義務を定めています(同法10条2項)。

3. 障害者

障害者雇用促進法は、企業に一定数以上の障害者の雇用を義務付け、「事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならない」(同法34条)、「事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない」(同法35条)と定め、障害者差別を禁止しています。

また、障害者に合理的な配慮を提供する義務も定められています(同法36条の2)。

4. 高齢者

高年齢者雇用安定法は、定年を60歳未満とすることを禁止し(同法8条)、65歳までの雇用確保措置を義務付けています。これに基づき、多くの企業においては、定年後、1年間の有期雇用契約によって再雇用する制度を設けています。

さらに、令和3年4月の法改正により、65歳から70歳までの就業機会確保措置を講ずる努力義務が課されています。ここでは、70歳までの継続雇用制度だけでなく、雇用によらない措置として、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度や、社会貢献事業に従事する制度なども含まれています。

5. 育児介護との両立

育児介護休業法により、企業は育児休業や介護休業などの制度設置を義務付けられています。また、育児休業などの申し出をしたことや、取得したことを理由とする不利益取扱いの禁止を定めています。

以上のように、人事労務における多様性には、さまざまな法令が関係しており、それぞれに対応するための制度が設けられています。次の章では、殊に高齢者とLGBTQに関する問題について、最新の判例を交えて解説します。

参考・出典:労働基準法「第四条」
参考・出典:男女雇用機会均等法「第五条」「第六条」
参考・出典:LGBT理解増進法「第六条」「第十条2項」
参考・出典:障害者雇用促進法「第三十四条」「第三十五条」「第三十六条の二」
参考・出典:高年齢者雇用安定法「第八条」
参考・出典:育児介護休業法

Ⅲ 高齢者雇用にまつわる事例

定年前後の待遇差

高齢者雇用において特に問題となるのは、定年前の待遇から引き下げられ、その待遇差が不合理であると主張される場合です。

具体的な事例

ある判例では、定年前・定年後を通じて、自動車学校の教習指導員という職務内容・職務の変更の範囲が同じであったにもかかわらず、定年後は年収ベースで定年退職時の53.1~56.2%に減額されたものがあります。

高裁の判決は、定年退職時の基本給の60%を下回る限度で不合理であるというものでしたが、最高裁は、基本給の性質や支給目的を十分に踏まえていないことや、労使交渉に関する事情を適切に考慮していないなどとして、高裁に差し戻しました。定年前の基本給を職務の内容に応じて額が定められる「職務給」と見るか、職務遂行能力に応じて額が定められる「職能給」として見るかという点など、待遇の趣旨(性質や目的)の検討が足りないことを示唆した差し戻しでした。

従前は、高裁判決が示したように、定年前後で基本給の60%を超える格差が生じると、労働者にとって不合理とみなされる傾向にありました。しかしながら、本事例では、より詳細な定年後の基本給の性質や支給目的の検討が必要だとして最高裁が差し戻したことにより、今後出される差戻審の判決内容が注目されています。差戻審が認定する基本給の性質によっては、高裁判決の結論が変わる可能性もあります。

基本給には、様々な要素が含まれており、その性質を判断することは容易ではないかもしれませんが、定年後の賃金設計において、基本給の性質を熟考したうえで合理的な待遇を検討する必要があることを示唆する代表的な判例です。

なお、定年前後の待遇差に関しては、代償措置を講じたか否かという点も重要となります。明確な代償措置が認められない状況下では、労使交渉など、待遇差が生じるに至ったプロセスがあったかどうかが重要になります。

再雇用者にとって十分な説明がなされたか、労使交渉が十分になされたかといった点も重要です。

定年後の再雇用者の待遇を検討するにあたっては、改めて上記のような点を見直してみましょう。

参考・出典:労働判例1292号5頁 最判令和5.7.20「名古屋自動車学校事件」
参考・出典:民集72巻2号202頁 最判平成30.6.1「長澤運輸事件」
参考・出典:パート有期法「第十四条」

Ⅳ LGBTQの雇用にまつわる事例

1. LGBTQとは

LGBTQとは、トランスジェンダー(Transgender)・レズビアン(Lesbian)・ゲイ(Gay)・バイセクシュアル(Bisexual)・クエスチョニング(Questioning)の総称です。

2. トイレ使用の問題

トランスジェンダーの一部は、医学的に性同一性障害の診断を受け、性自認に合った性別適合手術を受けることがあります。しかし、手術には大きな負担が伴うため、手術を選択しないトランスジェンダーも多くいます。こうしたトランスジェンダーが、性自認に応じたトイレの使用を求めた場合、企業はどのように対応すればよいでしょうか。

具体的な事例

この点が問題となった事例として、経済産業省事件があります。使用者は、トランスジェンダー職員に対し、就業している階とその上下階の女性トイレの使用を認めませんでした。使用できるのはそれ以外の階の女性トイレのみで、この処遇が問題となり争われました。

裁判所は、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、離れた階の女性トイレなどを使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けていると認定しました。そのうえで「不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかった」として、当該措置は著しく妥当性を欠いたと結論付けています。

ただし、当該判断は、職場内の施設利用に関する判断であり、例えば、公衆トイレなどを含むトイレ使用一般について判断したものではありません。また、職場内であっても、物理的にトイレ使用の調整が困難なケースもあるでしょう。

参考・出典:労働判例1297号68頁 最判令和5.7.11「経済産業省事件」

企業が取るべき対応

判例では、トランスジェンダーに不利益を甘受させるだけの具体的な事情の有無が問題とされていますが、企業は、女性トイレを使用させることにつき、異を唱える女性従業員の有無、性的な危害を加える可能性の有無、女性として認識される可能性の高さ、性同一性障害と診断されているか否かなど、考慮する必要があります。

そして何より、トランスジェンダー本人の意向を尊重し、社内の意見や現実的に講じられる措置など、関係者で真摯な協議を行っていくことが大切です。

3. 福利厚生の問題

賃金などの労働条件について、LGBTQであることを理由に差異を設けることは、公序良俗に反する可能性が高いです。しかし、LGBTQの社員が、そのパートナー関係に基づき、法定外の福利厚生制度の申請を行うことはできるでしょうか。

これは、社内制度をどのように設計するか(法律婚に限定するか否か)の問題です。しかし、今後の社会情勢や法整備によって、判断が変わる可能性もあります。

LGBT理解増進法の制定や社会情勢の変化に伴い、一部の企業では、法律上の夫婦関係でなくても、同性パートナーに一定の手当を支給する制度を導入する動きがあります。自治体でも同性のパートナーシップを認め、証明書を発行する動きが出てきており、これを活用して会社に同性婚であることを証明することが可能です。

Ⅴ まとめ

以上のとおり、ダイバーシティ推進における課題の一部をご紹介しました。自社の人材獲得や、競争力・成長力の確保の観点からも、企業のダイバーシティ推進は今後も求められていくでしょう。

まずは関連する法令の内容を出発点に、法令上、最低限遵守しなければならない内容を確認したうえで、企業としてどういった取り組みができるか検討することが必要です。

Profile

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織田 康嗣氏
弁護士(弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所)

中央大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2017年弁護士登録(東京弁護士会)。主な著書(共著)に『労働契約法のしくみと企業対応Q&A』(ぎょうせい)、『判例解釈でひもとく働き方改革関連法と企業対応策』(清文社)などがある。

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