【弁護士が解説】 労働法制・コンプライアンス 最前線
第4回 企業におけるハラスメントの考え方と対策

ハラスメントは、現代の職場で無視できない深刻な問題です。その影響は、企業の生産性低下や人材流出だけでなく、社会的な評価の低下にもつながりかねません。経営者や人事部門の皆様は、企業がどのような対策を講じるべきかを今すぐ確認する必要があります。

本記事では、弁護士の中野博和氏が、企業が直面するリスクとその具体的な対策をわかりやすく解説します。

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Ⅰ ハラスメントの類型

ハラスメントには、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、ケアハラスメント、カスタマーハラスメント、SOGIハラスメントなど、さまざまな種類があります。その中で特に深刻なのがパワーハラスメントです。

Ⅱ ハラスメントに関する相談状況

令和2年6月1日に労働施策総合推進法が改正されたことにより、労働者はパワーハラスメントに関する紛争について、都道府県労働局長に対し、必要な助言、指導または勧告を求めることができるようになりました(労働施策総合推進法30条の5第1項)。

令和4年4月1日に、この改正の内容が、大企業だけでなく中小企業にも適用されるようになったことを受け、令和5年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)におけるパワーハラスメントに関する相談件数は、次の表のとおり、6万件を突破しました。

労働局雇用環境・均等部における相談件数の推移

表3-1 相談件数の推移(件) 
令和3年度
令和4年度
令和5年度
パワーハラスメント
(第30条の2関係)
19,537(83.6%) 46,149(90.8%) 60,053(95.5%)
その他 3,829(16.4%) 4,691(9.2%) 2,810(4.5%)
合計 23,366(100.0%) 50,840(100.0%) 62,863(100.0%)

参考・出典:厚生労働省「令和5年度雇用環境・均等部(室)における法施行状況について」

ここでの相談には、セクシュアルハラスメントに関する相談なども含まれているのですが、特にパワーハラスメントに関する相談が圧倒的に多くなっています。

Ⅲ ハラスメントに潜むリスク

ハラスメントが発生すると、企業は以下のようなリスクに直面します。

1職場の生産性の低下

ハラスメントを受けた本人や周囲の従業員は、仕事へのモチベーションや集中力が低下します。その結果、職場全体の生産性が低下してしまう可能性があります。

2人材の流出

ハラスメントを受けた従業員は、精神的な健康を損ない、回復しない場合は退職となる可能性があります。また、ハラスメントを目撃した他の従業員も、より良い職場環境を求めて別の企業に転職することが考えられます。

3企業の社会的評価の低下に伴う採用力等の低下

いわゆるレピュテーションリスクと呼ばれるものですが、ハラスメントが発生したことが報道されると、求職者が採用応募を控えるようになってしまう可能性があります。とりわけ、パワーハラスメントによって従業員が自殺してしまった場合、新聞やネットニュースなどで大々的に報じられることがあります。近年では、たとえば、過重労働と上司のパワーハラスメントが原因で、男性従業員がうつ病を発症し、自殺に至った事例があります。この件では、約1億2300万円の損害賠償を企業に求める裁判が行われました。最終的に和解が成立し、企業が、従業員が過重な業務と上司のパワーハラスメントが原因で死亡したことを認めた上で、社長が遺族に直接謝罪した事案などがあります(2022.1.31毎日新聞等)。

また、近年ではSDGsの考え方が浸透しつつありますので、ハラスメントが発生するような企業との取引を避けられてしまうこともあり得ます。

4多額の賠償金の支払

ハラスメントにより従業員に健康不良や精神疾患等が生じた場合、企業は、使用者責任に基づく損害賠償請求や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を受ける可能性があります。

使用者責任や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められた場合、企業はその従業員に対して、逸失利益や休業損害、慰謝料など多額の賠償金を支払うリスクもあります。

パワーハラスメントの事例として、たとえば美研事件では、いじめなどの不法行為に基づく損害として逸失利益225万6,000円、医療法人健診会事件では休業損害として655万8,802円が認められました。

また、従業員が自殺してしまった場合には、億単位の賠償金を支払うことになる可能性もあります。

企業は、労務の提供を受けていないにもかかわらず、逸失利益や休業損害などの賠償金を支払わなければならない状況になる可能性があるのです。

参考・出典:
東京地判平20.11.11労判982号81頁「美研事件」
大阪地判平24.4.13労判1053号24頁「医療法人健診会事件」

Ⅳ ハラスメント対策

1事前の対策

企業が事前に行うハラスメント対策として、次のような取り組みが考えられます。

(1)事業主の基本方針の明確化と従業員への周知・啓発

企業のトップが、ハラスメント防止の基本方針を明確に示し、それを従業員に周知し、教育を行うことが求められます。

この対策については、労働施策総合推進法30条の2第1項、同条3項及び厚生労働省が作成した「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「パワハラ指針」とします)の4や、男女雇用機会均等法11条1項、同条4項及び厚生労働省が作成した「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「セクハラ指針」とします)の4などにおいて事業主の措置義務として定められています。また、詳しい内容は、これらの指針をご参照ください。

参考・出典:
厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令2.6.15厚労告5号

厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令2.6.15厚労告6号

(2)従業員のための相談窓口の整備

ハラスメントを受けた従業員が相談できる窓口を設置し、従業員に周知することが大切です。相談内容に応じた適切な対応ができるよう、相談対応者の教育も必要です。

また、相談者のプライバシーを保護し、相談したことを理由として不利益な扱いを受けないようにする対策も取らなければなりません。

この対策も、「パワハラ指針」や「セクハラ指針」で定められた措置義務に含まれています。

(3)アンケートの実施

定期的に従業員にアンケートを行い、ハラスメントが発生していないか確認することが有効です。相談窓口と併せて実施することで、従業員がハラスメントの発生を報告しやすくなります。また、ハラスメントを防ぐ意識を一層高める効果も期待できます。もしハラスメント事案が発生した場合でも、早期に気付き、被害が深刻になる前に対策をとることが可能となり得ます。

2事後の対応

企業が事後に行う対応として、次のようなものが考えられます。

(1)事実関係の迅速かつ正確な確認

まず、問題が起きた事実について、メールや録音などの客観的な証拠の有無、内容を確認します。その上で、関係者から事情を聴き、問題行為がハラスメントに該当するかどうかを調査します。

(2)関係者への対応

ハラスメントが認められた場合、ハラスメント行為者に対して注意や指導、場合によっては懲戒処分を検討する必要があります。また、ハラスメント行為者を異動させるなどして、被害者との接触を避ける配慮も求められます。

逆に、ハラスメントが認められなかった場合には、被害を訴えた従業員に対し、調査結果を丁寧に説明します。調査協力者のプライバシーなどに配慮しながら、なぜハラスメントと判断されなかったのかを伝えることが大切です。

(3)再発防止のための取り組み

(ア)懲戒処分の公表

ハラスメントが認められた場合、再発防止策として、ハラスメント行為者に対する懲戒処分やハラスメント行為の概要などを公表することが考えられます。ただし、ハラスメント行為者の名前を公表することで名誉毀損になる可能性があるため、名前を伏せ、処分内容やハラスメント行為の概要を公表するといった程度にとどめるべきでしょう。特にセクシュアルハラスメントの事例では、被害者が特定されてしまうと二次被害となってしまいますので、配慮が必要です。

(イ)行為者への教育

行為者には、自分の言動がなぜ問題だったのかを理解させることが必要です。具体的には、なぜその言動がハラスメントに該当するのか、どの点に問題があったのかを、研修などで学んでもらうことが効果的です。

(ウ)事前の対策の見直し

ハラスメントが発生したということは、事前対策に不備があった可能性があります。研修の内容や対象者、開催の頻度について見直しを行うことが重要です。特にパワーハラスメントの場合、問題となる行為が指導なのか、パワーハラスメントなのかの境界が曖昧になりがちです。具体例を充実させた研修内容に改善することが有効です。

Profile

弁護士中野 博和氏写真
中野 博和氏
弁護士(弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所)

中央大学法学部卒業、中央大学大学院法務研究科修了。2018年弁護士登録(東京弁護士会)。東京弁護士会労働法制特別委員会委員。日本労働法学会会員。主な著書(共著)に「労災の法律相談(改訂版)」(青林書院)、「新労働事件実務マニュアル(第6版)」(ぎょうせい)、「第3版 新版 新・労働法実務相談」「実務Q&Aシリーズ 退職・再雇用・定年延長」(いずれも労務行政)、「ハラスメント対応の実務必携Q&A-多様なハラスメントの法規制から紛争解決まで-」(民事法研究会)などがある。

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