シリーズ「次代を担う人事たち」。今回は、株式会社メルカリの望月達矢氏に登場いただきます。
中長期で競争力を生むための働き方を考えるため、2020年7月に「ニューノーマルワークスタイルプロジェクト」を発足させたメルカリ。実は2020年2月までリモートワークは原則禁止だったそうです。
望月氏は、リモートワークへの移行やニューノーマルワークスタイルプロジェクトをどのように進めていったのか。
さまざまな取り組みを通して改めて浮き彫りになった課題、これからの人事に必要な考え方について、話を伺いました。
人事に関するお役立ち情報をお送りいたします。
メールマガジン登録
優秀な人が集まるメルカリでも、自分は継続して結果が出せるのかを知りたかった
――まずは2017年12月にメルカリにご入社されるまでのキャリアについて聞かせていただけますか。
望月氏 新卒で外資系生命保険会社に入社し、内勤(契約審査関連)と外勤(代理店営業・開発)の両方を経験しました。代理店営業時には、担当している代理店のみなさまに生命保険の意義や会社のミッションなどを伝えていく活動をしていましたが、生命保険の意義や重要性を多くの人に広めるにはどうしたらいいのだろうかと考えるようになりました。
生命保険の理念やミッションについて熱量を持って語り、共感を得て入社してもらい、その人たちがより多くの代理店さんやお客さまに伝えていくことが近道かつ効果的なのではと当時は考え、人事、特に採用領域に魅力を持つようになりました。しかし、当時は「10年で3部門」を経験というのが人事へのジョブポスティング応募の条件であったため、異動するチャンスがなく、初めて転職を考えるようになりました。
次に入社したのは、エンターテインメント系の企業です。採用の仕事をしたくて転職活動をしていたため、他の企業からもいくつか採用担当として内定は出ていました。ただ、この会社では採用ものちにやりたければやれるので、まずは経営統合をするタイミングでの人事企画や統合に向けてのプロジェクトマネジメントをやってみないかというオファーをもらい、そこに魅力を感じ入社を決めました。
人事企画・人事労務の業務知見が高まり、経営統合のプロジェクトも落ち着いたところで、人事としてイチから組織をつくりあげる経験をしたいと考え、ITベンチャー企業へ転職をしました。人事企画のポジションで入社したのですが、労務領域をメインで担当し、通常業務のマネジメントだけではなく、勤怠システムの内製化や働き方改革の推進のリードとしても携わってきました。その後、今のメルカリに転職したのです。
――なぜメルカリに入社を決めたのでしょうか。
望月氏 その当時は転職について特に考えていなかったのですが、信頼している人から声をかけていただき、メルカリという会社に興味を持ちました。「プランド・ハップンスタンス」という言葉がありますが、自分が求められているところに行って、そこで結果を出していこうと思ったのです。結果を出し続けること、いろんな打席に立つこと、それだけを考えていました。
もう一つの大きな理由は、自分自身の成長スピードが、前職よりもメルカリの方が早くなりそうだと直感で感じたからです。「成長スピードが早い」というのは、どこの会社もよく使っている言葉ですが、私の解釈では「成長スピードは自分で意思決定した数に比例する」と思っており、「会社がメンバーにどれくらいの意思決定の権限を持たせているのか」が重要だと考えていました。
メルカリでは、当時メンバーとマネージャーの決裁権限にほとんど差がなく感じ、マネージャーという役割を持った人も本当に少数でした。
メンバー一人ひとりが自律し、常に自分たちで課題を見つけ意思決定し、また新たなカオスを受け入れていくプロフェッショナルな人たちの集まりだったのです。
そこに魅力を感じ、メルカリへの入社を決めました。
社員が思い切りパフォーマンスを発揮できる環境をつくりたい
――現在People Experience Teamのマネージャーでいらっしゃいますが、チームのミッションを聞かせてください。
望月氏 チームのミッションは、「共感創造」を高められるような従業員体験を生み出していくことです。メルカリより報酬の高い会社も、福利厚生プログラムが充実している会社も、世の中にはたくさんあります。それでも優秀な人材がメルカリで働き続けるには、何が必要か。それは、メルカリのミッションや戦略に共感し、サービスに愛着を持ち、共に働く人たちとの連帯感を感じられる、といった会社への共感を高めることが大事だと考えています。
他にも楽しいことがたくさんある世の中で、仲間とあーでもないこーでもないと言い合いながら、一人ではできない大きなミッション達成に向けて仕事をするのが楽しいという環境にし続けたいと思っています。それを、制度面や労務面からサポートしようと考え、2年ほど前に「People Experience Team」を立ち上げました。一般的に「Employee Experience」といわれる領域ですが、そのままだと主従関係が強く見えることから、「Employee」を「People」に変えて、この名称にしました。
――なぜ、「共感創造」が大切だと考えるようになったのでしょうか。
望月氏 そもそも以前は、一般論にはなりますが、人事の重要ミッションは人員管理だと捉えられていました。能力というのは誤差であり、学歴などである程度判断できるので、どこに何人配置するかといった人員管理が重要だと考えられていたのです。
しかし、我々は人の能力は決して誤差ではなく、働く環境やモチベーションで発揮するパフォーマンスは大きく変わるものだと考えています。いくら優秀な人でも、環境が整っていなければ、パフォーマンスを十分に発揮できないことがあります。逆に、環境が整っていれば、大きく開花する人もいます。だからこそ、優秀な人がパフォーマンスを発揮できるような環境づくり、制度づくりをしたいと考え、そのためには社員の会社への「共感創造」を高めることが重要であると考えるようになりました。
中長期で競争力を生むワークスタイルは、どうあるべきか
――メルカリでは2020年7月から、「ニューノーマルワークスタイルプロジェクト」がスタートしています。これはどのような背景でスタートしたのでしょうか。
望月氏 これは経営層などトップから言われて始まったものではなく、ボトムアップで大きくなったプロジェクトです。メルカリでは2020年2月に全社でリモートワークに移行したのですが、実はそれまで原則リモートワークは不可でした。社員が在宅勤務に慣れていない状況のなか、リモートワーク解禁後にサーベイを取ってみると、約35%の社員が生産性が向上したと回答しました。
アフターコロナではメルカリの働き方をどうしていくべきなのか。もともとリモートワーク不可の会社だったので、元に戻すのか。そうなると、リモートワークで生産性が向上したという社員の声を無視することにならないか。
そんな葛藤があったのです。一方で、リモートワークがメインになったとき、偶発的な出会いや会話・オフィスの在り方などはどうなるのかも課題に感じていました。そこで、オフィス設計をしているWork Place Teamのマネージャーに声を掛けて、People Experience Team とWork Place Team合同で、新しいメルカリのワークスタイルを決めるプロジェクトを立ち上げることになりました。
そのなかで、コロナ禍のワークスタイルについてエグゼクティブミーティングに議題を上げたところ、「これは人事戦略ではあるけれども、組織や事業へのインパクトも大きく、優秀なタレントを集めるための競争力にも大きく関わってくる。もはや人事戦略を超えた経営戦略ではないか」という話になったのです。そこで経営戦略のチームも合流した全社的なプロジェクトとして2020年7月に「ニューノーマルワークスタイルプロジェクト」が発足しました。
――メルカリという先進的なイメージのある企業が、リモートワーク不可だったというのは意外です。
望月氏 メルカリは大きなミッションの達成に向かうスタートアップ企業であり、いつまでも新たな価値を生み出していくインキュベーションカンパニーで在り続けたいと考えています。そのため、あまりローコンテクスト化するのではなく、ハイコンテクストなコミュニケーションを重視していました。
顔を合わせて阿吽の呼吸や一体感を大切にして、成功を得たときには全員で喜びを分かち合おうというのが、メルカリのカルチャーだったのです。
――さまざまな企業がオンラインへの移行や、リモートワーク下でのチームビルディング、オンボーディングに苦戦している印象があります。メルカリでは何か工夫をされていますか。
望月氏 チームビルディングについては「やりましょうね」と言うだけではなかなかできないため、Tips集のシェアを社内で行いました。たとえば、「ストレングスファインダー」などのセッションや研修の紹介、「16Personalities」のようなチームメンバーを知るためのコミュニケーションツールなどを紹介したものです。また、オンラインチームビルディングのための経費項目も新たに設けて周知し、なるべくオンラインでのチームビルディングのハードルを下げるよう心がけていますが、まだまだ工夫の余地はたくさんあると感じています。
オンボーディングでは、ありきたりかもしれませんが、オンラインでのウェルカムランチを行っています。受け入れ先のマネージャーやメンターが参加して、自己紹介の時間を作り、交流の機会を設けています。ただ、できればオンボーディングは、オフラインでできるといいなというのが本音です。
一方で、自社の戦略発表会やAll Handsといったカンパニーの定例会などのオンライン移行はとてもスムーズにできました。経営陣が進んでオンライン上でのオープンドアも実施してくれました。
エグゼクティブミーティングも、上位役職者だけではなく関連しているプロジェクトメンバーも全員出席できるようにしています。代表の山田からの呼びかけで参加する人は冒頭に自己紹介する形式になっています。
このように、オンライン環境下のいろいろな工夫によって、社員と役員との距離はもしかしたら以前より近づいたかもしれません。
社員との対話を通して、ミッション達成に向けた目線を合わせていく
――「ニューノーマルワークスタイルプロジェクト」を進めるなかで、苦労もあったのではないでしょうか。
望月氏 生産性の向上、心身の健康の改善といったプラスの声も社員からあったのですが、サーベイを定期的に取っていくと、だんだん帰属意識が低下していることが分かりました。おそらく、与えられた仕事をこなすだけであれば、在宅勤務というのは非常に効率良く働けます。
一方で、リモートワーク移行前のワイワイ感、一体感がないとつまらないと感じる人もいると思います。そうなると、「なぜメルカリで私は働いているのか」という疑問が徐々に湧いてきてしまいます。
そこで、ニューノーマルワークスタイルプロジェクトのなかで、出社と在宅勤務を組み合わせた“ハイブリッド型”のワークスタイルといった企画・提案をどんどんしていったのです。もちろんコロナの感染リスクもあるので、あくまで希望者のみという前提にしていました。
――帰属意識の低下というのは、多くの企業が感じていそうですね。ハイブリッド型ワークスタイルについて、社員の方々の反応はいかがでしたか。
望月氏 反応としては、「オフィス出社に戻そうとしているのか?」という声が社員からけっこう出てきました。このワークスタイルに関してはオープンドアなどで社員と対話することを心がけてきました。そんななかで分かってきたことがあり、それは、「どんな会社・組織にしたいのか、何を目指して働いているのか」といった目線が揃いきっていないのではないかということでした。多様化に組織が追いついていないのだと感じました。
メルカリは「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」というミッションを掲げていて、その達成のために3つのバリュー「Go Bold」「All for One」「Be a Pro」があります。
改めてなぜバリューが必要なのか、ミッション達成のためにどんなカルチャーやワークスタイルであるべきか。そういったところから議論を進めていかなければ、いつまでもアラインできないし、インキュベーションカンパニーとして日本発の世界で勝つ競争力を持つ会社にはなれないということに気付いたのです。そこで、メルカリは約1,700人規模の組織ですが、全社員と対話型でニューノーマルワークスタイルプロジェクトを進めていくことにしました。
――全員と対話というのは、ものすごい覚悟ですね。
望月氏 そうですね、正直大変だなと思いました(笑)。対話すればするほど、「こんなに意見をもらっても、ほとんど叶えられないのでは」ということが頭をよぎりますから。だからといってクローズドで決めてしまうと、結局社員の共感なんて得られません。だから思い切って全社員に今考えていることをオープンにして、コメントをもらって、それを踏まえてアップデートをして、もう一度意見をもらって、ということをしないと、乗り越えていけないと思うのです。
――約1,700人という規模で、どのように社員の方々の声を聞いていらっしゃるのですか。
望月氏 Slackで自由に発言できるオープンなチャンネルを作ったり、「このガイドラインのドラフトを作ったので意見ください」という投稿をして、コメントをもらったりすることがひとつ。
そして定期的にオープンドアを実施して、意見を直接聞くこと。さらには、毎週カンパニーの定例会議を実施しているので、そこで質疑応答もできるようになっています。そういった定性的なものだけではなく、ニューノーマルワークスタイルに関するアンケートを実施したり、エンゲージメントサーベイの客観的なデータも参考にしたりしています。また、HRBPから各部門の意見を吸い上げています。
――ミッションやバリューに対する目線合わせは、どのように行っていくのでしょうか。
メルカリにはもともと「Mercari Culture Doc」というカルチャーを明文化したものがありますが、それをアップデートすべく、ドラフトを現在作成中です。
その後は社内でイベントやディスカッションを重ねながら、目線合わせをした上で、ニューノーマル時代のワークスタイルを創り上げていけたらいいなと考えています。
臆さず、オープンに。それが今後の人事に必要な姿勢
――「ニューノーマルワークスタイルプロジェクト」のなかで、社員と役員との距離が縮まったというお話がありましたが、社員と人事の距離も縮まったのではないでしょうか。
望月氏 そうですね。対話を重ねるなかで、社員のワークスタイルに対する関心は高まったと思います。忌憚なき意見もそうですが、他社の人事施策について書かれた記事の共有も、さまざまな社員から毎日のように来ていましたね。人事として、この経験が積めたことは本当に良かったと思います。
――ニューノーマルワークスタイルの他に、望月さんのなかで現在関心のあるテーマはありますか。
望月氏 一番興味があるのは、Diversity & Inclusionですね。メルカリのサービス利用者は女性が多いのですが、翻って社内を見ると、女性管理職の比率は非常に少ないです。このままでいくと、メルカリというサービスは淘汰されてしまうのではないかという危機感があるため、女性の活躍を後押ししたいと考えています。
――何か具体的な施策を実行していらっしゃいますか。
望月氏 ここも現在試行錯誤の最中です。あまり「女性活躍」を大きく打ち出してしまうと、冷めてしまう人もいますよね。それに、現在成果を出して活躍している女性は、決して下駄を履かされているわけではありません。しかし、何か具体的な施策を打たなければ、この状況は変わらないでしょう。まずはD&Iサーベイを実施して課題を洗い出して、何が本当に必要なのか考えていけるといいのではないかと思っています。
――最後に、今後の抱負をお願いします。
望月氏 この1年、自分たちの考えていることをオープンにして、臆さず対話を重ねる体験の大切さを痛感しました。人事という仕事は、クローズドになりがちです。これからも臆さず社員と対話を重ねていき、「たとえ仕事が大変でも、会社に行くことが楽しみだ」と心から思いながら働ける職場環境をみんなでつくりあげていきたいです。
多様だからこそ、ミッション・バリュー・カルチャーでつながる必要があり、これが強固になれば他社が真似することのできないメルカリだけの強みになり、ひいては中長期で競争力を生む組織になると考えています。今、私は人事として得難い経験ができていると思いますし、こういった対話型組織の在り方が他の会社にも波及していくといいなと思います。
アデコでは、人事関連のお役立ち情報を定期的に更新しております。
メールマガジンにご登録いただくと、労働法制や人事トレンドなどの最新お役立ち情報をチェックいただけます。
最新の人事お役立ち情報を受け取る(無料)
Profile
大学卒業後、外資系生命保険会社、エンタメ企業、ITベンチャーを経て2017年12月メルカリに入社。People Experience Teamのマネージャーとして、EX向上に向けた人事戦略の策定や人事制度の企画などを担当。現在はメルカリのニューノーマルワークスタイルプロジェクトのオーナーも担当している。