従来、労働者には日本国憲法上で職業選択の自由が保証されてはいますが、職場外で勤務時間外に行う行為に対しても、労働契約上の誠実義務というものがあり、本業に支障を与えるような副業・兼業は、服務規律のひとつとして各企業の就業規則に規定され、自由に出来ないケースがほとんどでした。しかし、少子高齢化、労働力不足、一億総活躍社会という言葉を度々耳にするようになり、現在の日本は、これら様々な問題を解決すべく「働き方改革」を強力に推し進め、その中で、副業・兼業の在り方も変化しています。
副業・兼業は、柔軟な働き方の一環として年々増加傾向にあります。2018年1月には、厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表し、従来厚生労働省が公表していた「モデル就業規則」において規定されていた、労働者の遵守事項としての「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。」という言葉が、削除されるに至りました。これにより、厚生労働省は今まで「原則禁止」していた副業・兼業の既定路線を「原則自由」に変更したことになります。
この政策変更により、多くの企業において副業・兼業が解禁され、労働者は本業以外の仕事を通じて活躍できるようになってきました。また、コロナショックに伴いテレワークが増えたことが追い風となり、副業・兼業をする労働者は増え続けています。 本稿では、新しい働き方として注目を集める副業・兼業シリーズ第1回として、海外の状況、また企業にとっての副業・兼業のメリット・デメリットを法制の動向とともに個別に検討していきます。
副業と兼業の違い
「副業」と「兼業」という用語ですが、それぞれに違いがあるのでしょうか。実は日本の法律上、「副業」「兼業」についての定義はありません。厚生労働省や中小企業庁等の公文書においてもそれぞれ定義を定めて使い分けているわけではありません。なお、世間一般においては、副業は、普段は本業の仕事をメインで行い、休日や余暇などすきま時間に行う仕事として、兼業はどちらの仕事も同じウェイト、つまり複数の仕事を並行して掛け持ちする意味合いにおいて使われているケースがあります。
海外の状況
日本においては、ニューノーマルな働き方として注目を浴びる副業・兼業の推進ですが、柔軟な働き方の比率が高いと言われている欧米の状況はどうなっているのでしょうか。独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の「諸外国における副業・兼業の実態調査(2018年4月)」を元にまとめました。
各国の就業者に占める複数就業者の割合は、イギリス3.9%、フランス5.4%、ドイツ6.9%、アメリカ4.9%(アメリカのみ被用者に占める割合)、日本4.0%と実はあまり開きがなく、各国とも限定的であるといえます。複数就業者数で一歩リードしているドイツにはミニジョブ制度というものがあり、ミニジョブに就業している労働者には税金と社会保険料の支払いが免除されている制度であることが、複数就業者の伸びの要因だと推測できます。なお、ミニジョブ適用者は低所得者層が多いと言われています。
また、イギリスの、シンクタンクResolution Foundation (2016) は、失業率の増減と複数就業者比率の増減がほぼ対応関係にある点を指摘、経済・雇用状況の影響の可能性を示唆しています。
一方、日本の総務省がまとめた実態調査によれば、2017年度の有業者に占める副業者比率は先ほど記述したように4.0%となっていますが、副業希望者は6.4%となっており、希望者全員が副業を実施することができれば、諸外国の水準に肩を並べる水準となる状況です。
日本国内では、諸外国に比べて日本の働き方は硬直的であるというイメージがありますが、データで見る限り嘆くほどの差がないことがわかります。
どの様なメリットがある?(企業編)
では、副業・兼業を実施する上でのメリット・デメリットはどのようなものがあるのでしょうか。
企業側のメリット・デメリットは下記が考えられます。
企業側のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
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法的な側面からは、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由です。各企業においてそれを制限することが許されるのは、労務提供上の支障となる場合、企業秘密が漏洩する場合、企業の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合、競業により企業の利益を害する場合等に限定されると考えられるため、裁判例を踏まえれば、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当であるといえます。
以上のことから、副業・兼業を容認することは、企業に対して大きなメリットをもたらす一方で、従業員の健康被害、情報漏洩の危険性などのデメリットが生じます。制度を導入することによるメリットとデメリット等を比較し、自社にとってどちらが大きな割合を占めるのか、また、この先の未来に向けて何を選択することが労使双方にとってより良い道なのかを慎重に考え、検討してみることが必要ではないでしょうか。
企業側が留意が必要なポイント
- 労働法上の整理 例)労働時間の通算/時間外労働の管理
- 労働・社会保険上の整理 例)労災の考え方/社会保険の加入
- 労働者とのトラブル事例 例)有給消化中や休業期間中の就労
- 会社として守るべき利益の保護 例)競業避止・引抜防止・情報漏洩防止
- 副業・兼業者を受け入れる場合の対応
※これらの諸課題については、シリーズ第2回以降で解説を行います。
どの様なメリットがある?(労働者編)
次に、労働者のメリット・デメリットは下記が考えられます。
労働者側のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
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労働者の視点からは、自身の労働時間や社会保険に関して、今まで以上に主体性をもった自己管理が必要という点を除いては、メリットの方が多いと考えられます。
本業以外の収入が増えるとともに、本業では得られない経験やスキルを身につけて、総合的なキャリアを形成することができ、例えば、将来、起業するといった目標や自分自身のやりたいことを現実的に叶えられることにもなります。逆に、わざわざ転職や起業をしなくても、現在の会社に所属しながら、起業しないとできない業務をローリスクで体験することも可能となります。
また、家計のリスク分散という観点でも複数の仕事を持つことは効果的だといえます。
一方、副業・兼業を行うことにより、長時間労働につながりやすいというデメリットもあるため、労働者が意識をもって主体的に自身の健康管理を行うことがより一層求められることになります。
また、副業・兼業を行うことにより、本業での評価が下がってしまったり、転職の意志があると見做されるというような不利益な取り扱いを受けるケースも出てきてしまう可能性もあります。
全体としては、労働者側にはデメリットよりもメリットが多いという印象ですが、これら様々な点を考慮の上、自己の責任において副業・兼業を選択する明確な意思表示が必要となりそうです。
まとめ
今回はシリーズ第1回として、副業・兼業の基礎知識をご紹介しました。次回、導入に際し、『企業側が留意が必要なポイント』を踏まえて必要な就業規則、社内制度、関連する法律関連がどのようになっているか、何をやらなければいけないのかをご紹介いたします。