副業・兼業について - 第3回 -

前回に引き続き「副業・兼業」について解説いたします。今回は副業・兼業に関するリスクマネジメントの観点から「秘密保持義務、競業避止義務」の定め方や、保険関係の適用、副業・兼業に関するトラブルの防止についてご紹介する予定です。

「副業・兼業」の過去の連載についてはこちらからご覧いただけます。
副業・兼業について - 第1回 -
副業・兼業について - 第2回 -

3つのリスク

  1. 1
    労働時間の通算と割増賃金の支払義務違反(第2回で解説)
  2. 2
    保険関係の適用の不備
  3. 3
    秘密保持義務、競業避止義務違反による企業の利益の毀損

本稿では、まず2.保険関係の適用の不備の「労災保険」「雇用保険」「厚生年金・健康保険」について解説いたします。
保険関係の適用の不備によって、労働者に対して不利益な取り扱いを行ってしまう可能性があります。

保険ごとの加入のパターン

事業所A、事業所Bで就業している場合

種類 事業所Aのみ加入要件を満たしている 事業所A、Bとも加入要件を満たしていない 事業所A、Bとも加入要件を満たしているケース
労災保険 ※被保険者要件が所定労働時間数等に関らず適用のため
各事業所毎にそれぞれ加入
雇用保険 加入要件を満たしている事業所Aのみ加入 原則加入なし
※65歳以上は例外規定あり
1か所のみ加入
(主たる給与の支払先) 賃金額の合算等は行わない
厚生年金
健康保険
加入なし 1か所のみ加入
(労働者が選択) 標準報酬月額を合算し案分した保険料を納付
※後述に計算方法を記載

労災保険

保険の種類 制度の説明 被保険者要件
労災保険 業務上の事由又は通勤による労働者の負傷・疾病・障害又は死亡に対して労働者やその遺族のために、必要な保険給付を行う制度 所定労働時間数等に関らず適用

加入:各事業所毎にそれぞれ加入
給付の通算:非災害発生事業場の賃金額も合算して労災保険給付を算定する

非災害発生事業場の賃金額も合算して労災保険給付を算定する

通勤災害:就業先Aから就業先Bへ移動時に起こった災害については、通勤災害として労災保険給付の対象となる。

就業先Aから就業先Bへ移動時に起こった災害については、通勤災害として労災保険給付の対象となる

雇用保険

保険の種類 制度の説明 被保険者要件
雇用保険 労働者が失業した場合や育児休業などで就業が困難な場合などに必要な給付を行い、労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに再就職の援助を行うことなどを目的とした機能を持つ制度 1週間の所定労働時間が20時間以上、かつ、31日以上の雇用見込み
事業所Aのみで被保険者要件を見たいしている場合は事業所Aのみで加入。事業所ABともに被保険者要件を満たしていないケースは加入しない。労働時間等を合算して適用要件を満たしたとしても、適用されない。

例外

令和4年1月より65歳以上の労働者本人の申出を起点として、一の雇用関係では被保険者要件を満たさない場合であっても、二の事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度が試行的に開始されます。
参考:シニア世代の就業継続を促進する一連の法改正

事業所A、Bともに被保険者要件を満たしている場合は、主たる賃金である事業所Aで加入。厚生年金・健康保険とは違い賃金額などの合算はしない。

厚生年金保険・健康保険

保険の種類 制度の説明 被保険者要件
厚生年金
健康保険
厚生年金保険は、被保険者の老齢・障害または死亡に対して給付を行い、健康保険制度は被保険者の業務外の病気や怪我、出産および死亡の保険事故に対して、また、扶養者の病気や怪我、出産および死亡の保険事故に対して給付を行います。共に被保険者とその家族の生活の安定をはかることを目的とした保険です。
  • 1週間の所定労働時間が週30時間以上
  • 従業員501人以上の会社で1週間の所定労働時間が週20時間以上

※詳細の加入条件は別途ご確認ください。

事業所Aのみで被保険者要件を満たしているケースや、事業所A、Bともに被保険者要件を満たしていないケース等については、例外規定を除いて雇用保険と同じ加入条件です。

事業所A,Bともに被保険者要件を満たしてる場合は各事業所の報酬月額を合算して標準報酬月額を決定

秘密保持義務、競業避止義務など

次に3.秘密保持義務、競業避止義務について見ていきたいと思います。副業・兼業に関する裁判例においては、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であることを原則としながらも、 企業の利益を守る観点から、例外的に以下の4つの場合に限り、副業・兼業を禁止または制限できるとしています。これらはいずれも労働契約に付随する使用者又は労働者の一般的な義務として、従来から認められてきたもので、就業規則において、制限または禁止の条項を定めることを条件としています。

1.安全配慮義務

雇用主には、労働契約の付随義務として従業員の安全を確保する義務があります。副業・兼業の態様が著しく長時間に及んだり、危険かつ有害な業務である場合には、副業・兼業を制限することも必要です。予め副業・兼業を認めないケースを例示して運用を開始することが必要です。

2.秘密保持義務 3.競業避止義務 4.誠実義務違反

副業・兼業している従業員による自社の秘密の漏洩、競業避止義務違反や自社の名誉を傷つける行為が発生し、企業の利益が毀損することも考えられます。秘密保持義務、競業避止義務、誠実義務を遵守する為のルール作りは副業・兼業制度の導入とセットで検討することが重要です。

副業が制限出来るケース

1.労務提供上の支障がある場合。2.業務上の秘密が漏洩する場合。3.競業により自社の利益が害される場合。4.自社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合。

兼業を制限できる場合の制限方法

  • 以下は一例です
副業・兼業に関する義務の内容 副業・兼業の制限方法
安全配慮義務 使用者は、労働者の副業・兼業先を含めた全体としての業務量・労働時間が過重であることを把握し、配慮をすることが義務付けられています。
したがって、副業・兼業の態様が全体として、過重労働を招く虞れがあったり、本業の業務に支障をきたすような場合(例えば、著しく体力を消耗するような業務など)には、副業・兼業を禁止または制限することができることとしています。

自社で業務をしていない時間帯まで安全配慮義務を負うということは使用者にとって酷だと言えるため、以下のいずれかの措置を講じることを条件に、副業・兼業を制限することができるとしています。

  1. 1.就業規則や労働契約において、長時間労働等によって労務提供上の支障があるような副業・兼業を禁止又は制限することができる定めを置く
  2. 2.副業・兼業の届出等の際に、副業・兼業の内容について労働者の安全や健康に支障が出ないか確認するとともに、副業・兼業の状況の報告等について労働者と話し合う
  3. 3.副業・兼業の開始後に、副業・兼業の状況について労働者からの報告等により把握し、労働者の健康状態に問題が認められた場合には適切な措置を講ずること
秘密保持義務 労働者は、使用者の業務上の秘密を守る義務を負っていますが、副業・兼業に関しては、自ら使用する労働者が他の使用者の下に情報漏洩する場合と、他の使用者の労働者が他の使用者の業務上の秘密を自社での副業・兼業中に漏洩する場合の2つが考えられます。

就業規則等において、業務上の秘密が漏洩する場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができるとする定めを置くことが可能

<秘密情報の定義例>
秘密情報の範囲は、業務上知り得たクライアント及び自社の従業員に関する情報、経営上重要な情報とする

競業避止義務 労働者は在職中、使用者と競合する業務を行わない義務(競業避止義務)を当然に負っていますが、副業・兼業を無制限に認めてしまうと、自らの労働者が副業・兼業先で自社と競合する業務を行ってしまう場合や、他の使用者の労働者を自らの下でも労働させることによって、他の使用者に対して当該労働者が負う競業避止義務違反が生ずる場合が考えられます。いずれの場合でも使用者の利益を害するとして、労働者だけでなく相手方企業との間で訴訟に発展する可能性もあります。

使用者は、「自らの正当な利益が侵害される場合」にのみ、副業・兼業を制限することができます。
具体的には

  • 就業規則等において、競業により、自社の正当な利益を害する場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができる定めを置くこと
  • 副業・兼業を行う労働者に対して、禁止される競業行為の範囲や、自社の正当な利益を害しないことについて注意喚起すること
  • 他社の労働者を自社でも使用する場合には、当該労働者が当該他社に対して負う競業避止義務に違反しないよう確認や注意喚起を行うこと

なお、使用者は「自社の正当な利益を害する場合」とは、どのような地域におけるどのような業務であるか、できるだけ具体的に定めておく必要があります。また不当に広い競業避止義務を規定した条項は、その部分については無効となりますので注意が必要です。

<制限例>
  自社と同一都道府県内で営業を行う、自社と競合している企業(○○社における○○業務など)

誠実義務 誠実義務に基づき、労働者は使用者の名誉・信用を毀損しないなど誠実に行動することが要請されます。例えば、反社会的勢力に関連する企業での副業・兼業や犯罪行為を伴う場合などは、誠実義務違反として、禁止・制限することが可能となります。

以下のような措置を取ることにより、使用者は副業・兼業を制限することができます。

  • 就業規則等において、自社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができることとしておくこと
  • 副業・兼業の届出等の際に、それらのおそれがないか確認すること 

まとめ

第2回・第3回のコラムでは以下の3点の問題について、ガイドライン等をもとに具体的な解説を行ってきました。

  1. 1
    労働時間の通算と割増賃金の支払義務違反(第2回で解説)
  2. 2
    保険関係の適用の不備
  3. 3
    秘密保持義務、競業避止義務違反による企業の利益の毀損

企業は従業員の副業・兼業の態様をある程度把握する必要があると考えなくてはならないでしょう。そのためにはまず企業が明確なルールを示し、従業員が自ら必要事項を申告する仕組みを検討する必要があると考えます。 以下の様に限定型・特定型からスモールスタートし、順次対応範囲を拡げていくという方法も一案です。

導入フロー事例

限定型・特例型から条件緩和型・業務特化型そして生産性樹脂型・スタンダード型へ
時期 必要と想定される内容例 ポイント
1 解禁・導入時
(基準の作成と周知)
  1. (1)許可要件(禁止要件)と許可制とすること
  2. (2)
    申請内容((1)の内容が確認できるもの)
    • 雇用形態(雇用される場合は会社名、所在地等の企業情報)
    • 業務内容(業種、職種)
    • 勤務時間(勤務日数、時間)等 
  3. (3)手続き方法
    申請先、承認者、提出書類等
  4. (4)状況把握の仕組み
    勤務表の提出、上長・人事・産業医等との定期面談等
  5. (5)労働時間管理や情報管理ルールと違反時の対応
  6. (6)状況変化時の対応についての決まり
過剰にならない必要最低限のライン設定
(従業員の申請へのハードルを下げるとともに、企業に不要な管理責任を生じさせない) 
2 申出時
(可否の判断)
  1. (1)決められた基準をもとに、問題がないか確認
  2. (2)申請書、誓約書や合意書等の提出
    機密保持、競業避止、本業に支障をきたさない、労働時間管理、健康管理の実施
企業が決めたルールに基づき、双方の合意形成の記録を残す
3 開始後
(継続的な確認)
  1. (1)定期的コミュニケーション
    健康状態、業務への影響、状況の変化の確認
(1)に基づいた状況変化把握の仕組み化

次回の最終回では、アデコが実際に導入している兼業・副業制度(パラレルワーク)などを中心にご紹介します。

PDF版をダウンロードする

関連記事

お役立ち情報 に戻る

人材に関するお悩みがございましたらお気軽にご連絡ください