前回に引き続き「副業・兼業」について解説いたします。今回は副業・兼業に関するリスクマネジメントの観点から「秘密保持義務、競業避止義務」の定め方や、保険関係の適用、副業・兼業に関するトラブルの防止についてご紹介する予定です。
「副業・兼業」の過去の連載についてはこちらからご覧いただけます。
副業・兼業について - 第1回 -
副業・兼業について - 第2回 -
3つのリスク
- 1労働時間の通算と割増賃金の支払義務違反(第2回で解説)
- 2保険関係の適用の不備
- 3秘密保持義務、競業避止義務違反による企業の利益の毀損
本稿では、まず2.保険関係の適用の不備の「労災保険」「雇用保険」「厚生年金・健康保険」について解説いたします。
保険関係の適用の不備によって、労働者に対して不利益な取り扱いを行ってしまう可能性があります。
保険ごとの加入のパターン
事業所A、事業所Bで就業している場合
種類 | 事業所Aのみ加入要件を満たしている | 事業所A、Bとも加入要件を満たしていない | 事業所A、Bとも加入要件を満たしているケース |
---|---|---|---|
労災保険 | ※被保険者要件が所定労働時間数等に関らず適用のため 各事業所毎にそれぞれ加入 |
||
雇用保険 | 加入要件を満たしている事業所Aのみ加入 | 原則加入なし ※65歳以上は例外規定あり |
1か所のみ加入 (主たる給与の支払先) 賃金額の合算等は行わない |
厚生年金 健康保険 |
加入なし | 1か所のみ加入 (労働者が選択) 標準報酬月額を合算し案分した保険料を納付 ※後述に計算方法を記載 |
労災保険
保険の種類 | 制度の説明 | 被保険者要件 |
---|---|---|
労災保険 | 業務上の事由又は通勤による労働者の負傷・疾病・障害又は死亡に対して労働者やその遺族のために、必要な保険給付を行う制度 | 所定労働時間数等に関らず適用 |
加入:各事業所毎にそれぞれ加入
給付の通算:非災害発生事業場の賃金額も合算して労災保険給付を算定する
通勤災害:就業先Aから就業先Bへ移動時に起こった災害については、通勤災害として労災保険給付の対象となる。
雇用保険
保険の種類 | 制度の説明 | 被保険者要件 |
---|---|---|
雇用保険 | 労働者が失業した場合や育児休業などで就業が困難な場合などに必要な給付を行い、労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに再就職の援助を行うことなどを目的とした機能を持つ制度 | 1週間の所定労働時間が20時間以上、かつ、31日以上の雇用見込み |
例外
令和4年1月より65歳以上の労働者本人の申出を起点として、一の雇用関係では被保険者要件を満たさない場合であっても、二の事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度が試行的に開始されます。
参考:シニア世代の就業継続を促進する一連の法改正
厚生年金保険・健康保険
保険の種類 | 制度の説明 | 被保険者要件 |
---|---|---|
厚生年金 健康保険 |
厚生年金保険は、被保険者の老齢・障害または死亡に対して給付を行い、健康保険制度は被保険者の業務外の病気や怪我、出産および死亡の保険事故に対して、また、扶養者の病気や怪我、出産および死亡の保険事故に対して給付を行います。共に被保険者とその家族の生活の安定をはかることを目的とした保険です。 |
※詳細の加入条件は別途ご確認ください。 |
事業所Aのみで被保険者要件を満たしているケースや、事業所A、Bともに被保険者要件を満たしていないケース等については、例外規定を除いて雇用保険と同じ加入条件です。
秘密保持義務、競業避止義務など
次に3.秘密保持義務、競業避止義務について見ていきたいと思います。副業・兼業に関する裁判例においては、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であることを原則としながらも、 企業の利益を守る観点から、例外的に以下の4つの場合に限り、副業・兼業を禁止または制限できるとしています。これらはいずれも労働契約に付随する使用者又は労働者の一般的な義務として、従来から認められてきたもので、就業規則において、制限または禁止の条項を定めることを条件としています。
1.安全配慮義務
雇用主には、労働契約の付随義務として従業員の安全を確保する義務があります。副業・兼業の態様が著しく長時間に及んだり、危険かつ有害な業務である場合には、副業・兼業を制限することも必要です。予め副業・兼業を認めないケースを例示して運用を開始することが必要です。
2.秘密保持義務 3.競業避止義務 4.誠実義務違反
副業・兼業している従業員による自社の秘密の漏洩、競業避止義務違反や自社の名誉を傷つける行為が発生し、企業の利益が毀損することも考えられます。秘密保持義務、競業避止義務、誠実義務を遵守する為のルール作りは副業・兼業制度の導入とセットで検討することが重要です。
副業が制限出来るケース
兼業を制限できる場合の制限方法
- ※以下は一例です
副業・兼業に関する義務の内容 | 副業・兼業の制限方法 | |
---|---|---|
安全配慮義務 | 使用者は、労働者の副業・兼業先を含めた全体としての業務量・労働時間が過重であることを把握し、配慮をすることが義務付けられています。 したがって、副業・兼業の態様が全体として、過重労働を招く虞れがあったり、本業の業務に支障をきたすような場合(例えば、著しく体力を消耗するような業務など)には、副業・兼業を禁止または制限することができることとしています。 |
自社で業務をしていない時間帯まで安全配慮義務を負うということは使用者にとって酷だと言えるため、以下のいずれかの措置を講じることを条件に、副業・兼業を制限することができるとしています。
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秘密保持義務 | 労働者は、使用者の業務上の秘密を守る義務を負っていますが、副業・兼業に関しては、自ら使用する労働者が他の使用者の下に情報漏洩する場合と、他の使用者の労働者が他の使用者の業務上の秘密を自社での副業・兼業中に漏洩する場合の2つが考えられます。 |
就業規則等において、業務上の秘密が漏洩する場合には、副業・兼業を禁止又は制限することができるとする定めを置くことが可能 <秘密情報の定義例> |
競業避止義務 | 労働者は在職中、使用者と競合する業務を行わない義務(競業避止義務)を当然に負っていますが、副業・兼業を無制限に認めてしまうと、自らの労働者が副業・兼業先で自社と競合する業務を行ってしまう場合や、他の使用者の労働者を自らの下でも労働させることによって、他の使用者に対して当該労働者が負う競業避止義務違反が生ずる場合が考えられます。いずれの場合でも使用者の利益を害するとして、労働者だけでなく相手方企業との間で訴訟に発展する可能性もあります。 |
使用者は、「自らの正当な利益が侵害される場合」にのみ、副業・兼業を制限することができます。
なお、使用者は「自社の正当な利益を害する場合」とは、どのような地域におけるどのような業務であるか、できるだけ具体的に定めておく必要があります。また不当に広い競業避止義務を規定した条項は、その部分については無効となりますので注意が必要です。 <制限例> |
誠実義務 | 誠実義務に基づき、労働者は使用者の名誉・信用を毀損しないなど誠実に行動することが要請されます。例えば、反社会的勢力に関連する企業での副業・兼業や犯罪行為を伴う場合などは、誠実義務違反として、禁止・制限することが可能となります。 |
以下のような措置を取ることにより、使用者は副業・兼業を制限することができます。
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まとめ
第2回・第3回のコラムでは以下の3点の問題について、ガイドライン等をもとに具体的な解説を行ってきました。
- 1労働時間の通算と割増賃金の支払義務違反(第2回で解説)
- 2保険関係の適用の不備
- 3秘密保持義務、競業避止義務違反による企業の利益の毀損
企業は従業員の副業・兼業の態様をある程度把握する必要があると考えなくてはならないでしょう。そのためにはまず企業が明確なルールを示し、従業員が自ら必要事項を申告する仕組みを検討する必要があると考えます。 以下の様に限定型・特定型からスモールスタートし、順次対応範囲を拡げていくという方法も一案です。
導入フロー事例
時期 | 必要と想定される内容例 | ポイント | |
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1 | 解禁・導入時 (基準の作成と周知) |
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過剰にならない必要最低限のライン設定 (従業員の申請へのハードルを下げるとともに、企業に不要な管理責任を生じさせない) |
2 | 申出時 (可否の判断) |
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企業が決めたルールに基づき、双方の合意形成の記録を残す |
3 | 開始後 (継続的な確認) |
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(1)に基づいた状況変化把握の仕組み化 |
次回の最終回では、アデコが実際に導入している兼業・副業制度(パラレルワーク)などを中心にご紹介します。