【連載企画】人的資本経営トップ対談 #1
「外資人事部門のトップが仕掛けた マネージャー躍動化計画」

 

田中研之輔教授 × アデコ人事部門長 籾山直威

 企業の価値を高め、トランスフォーメーションを促すための源泉として「人的資本経営」が急速な高まりを見せています。人材を限りある「資源」ではなく、投資対象である「資本」として捉えた時、企業経営はどのように変化をしていかなければならないのでしょうか。
この連載企画では、人的資本経営を牽引する業界のトップリーダーにスポットを当て、その実態に迫ります。

 第一回目となる今回はモデレーターに法政大学教授の田中研之輔氏をお迎えし、アデコ株式会社にて人事部門長を務める籾山直威氏に話を聞きました。


着任当初、アデコのエンゲージメントのスコアは、想像以上に困難といえる水準でした。

田中研之輔(以下田中):人的資本経営はこの日本企業の再編の中で、切り札として非常に注目されています。籾山さんは、この言葉をどのように捉えているでしょうか?

籾山直威(以下籾山):自分の言葉で言い換えるなら、社員が活き活きと持っている力を最大限に発揮し、より卓越した成果を出していける。そんな環境や仕組みを整えていくことであると考えています。私が最初に入社した会社は日系の会社だったのですが、当時を振り返れば「人が大事」というベースがあったような気がしています。今、人的資本経営という言葉があちこちで見受けられますが、元々近しい理念で経営されていた日本企業は多かったのではないでしょうか。

田中:欧米型の人的資本が日本に進出していると捉える必要は無くて、メンバーシップ型の歴史と伝統がある日本企業が本来持っている良い部分を残して伸ばしていけば良いということですね。早速、キーポイントが出たと思います。

籾山:はい。もちろん、時代に合わせた調整は必要になってくるとは思いますが、ベースとなる方向性は変わらないと思っています。

田中:籾山さんはアデコから他社を経験し、また戻ってきているという異色の経歴ですよね。これまでどんな取り組みをされてきたか、ぜひお話しいただけたらと思います。

籾山:アデコに入ったのが2014年で、現会長の川崎が社長に就任したタイミングなんですよね。面接で新任社長となる川崎から「会社を変えていきたい」という話を受けました。私自身もそれまでさまざまな企業で、人事の立場から企業をアップグレードしていく仕事をしていたので、非常に関心があり入社を決めました。ところがアデコのエンゲージメントのスコアは、想像以上に困難といえる水準でした(笑)

田中:具体的にどんなことが起こっていたのですか?

籾山:どちらかといえば他責というか、「自分は一生懸命やっているけど、何々のせいで」といった言葉が日常的に聞こえていました。

田中:しかしその後、アデコさんのエンゲージメントスコアは劇的な上昇を見せることになりますよね。具体的に何から手を付けたのでしょうか。

籾山:ありとあらゆる手段を講じましたが、その中でも大きかったのは、マネージャー以上の方々に対する教育ですね。「そもそもマネージャーとは?」というスタンスに関わる部分から必要なスキルまで、年間3回のコースを自作し、全員に実施しました。実際にやってみると、予想以上に一体感が生まれましたね。人材業界を選んだ方ばかりなので、隣のテーブルで困っている人がいた場合、如実に助け合う姿も見られるようになりました。やはりコミュニケーションのきっかけが重要だったのだと思います。

田中:他にはどんなことをされたのですか?

籾山:同じマネージャー陣に対する施策であれば、「経営陣と実際に膝詰めで話をしてみよう」という「リーダーズダイアログ」という企画も行いました。一度の参加者は20名程度、半日がかりで。その場では何を聞いていただいてもいい。その質問に対して経営陣が真摯に答えていく、といった企画でした。今思えば、信頼感もそのあたりからできてきたのではないかと思います。

田中:組織変革を行うにあたって、まずマネージャーから徹底的に着手したという事なのですね。一番大切されたのはどんなことだったのでしょうか?

籾山:アデコとしてのマネージャーは、どういう行動がふさわしいんだろうといった共通理解を、みんなで話しながら醸成していくことに力を入れました。どちらかといえば一方通行的な講義ではなく、グループコーチングのような感じで。問いをポンと立てて、あとはもうみんなで考えてもらう。それを発表し合いながら、また議論していく。そんなことをしてまいりました。

マネージャーにとって最も大切なことは、「個人の価値観」を理解することだと思います。

田中:私もさまざまな企業を見させていただくことがありますが、人的資本経営の実践における最初のアプローチはたくさんの企業が悩むところでもあります。そんな中、やはりマネージャーに向けた施策は非常に重要だと思っているんです。籾山さんが考えるマネージャーの役割とは、どんな定義なのでしょうか? きっとその言葉が、そのまま世の人事に対するアドバイスになると思うので、ぜひ聞かせてください。

籾山:マネージャーの役割をシンプルに言い切るならば、「組織を率いて、会社から求められる以上の成果を出していく」、という話になります。まずはマネージャーとして何が求められているのかを具体的にします。数字なのか、成果物なのか、それを自分の上司と具体的に話し合って決定する。今度はそれを、自分のチームでどのように実現するかを考えていきます。その時の私のキーワードは「個人の価値観」です。

田中:「個人の価値観」、もう少し詳しく聞かせてください。

籾山:人それぞれ個性もあるので、同じものを見ても捉え方が違うわけですね。何をいいと思うのか、逆に何を嫌がるのか。そして、どんな時にモチベーションが高まるのか。日々の会話でその方の価値観を理解しながら、求められる成果や役割につなげていく。これこそが、マネージャーに求められる役割なのだと思います。

田中:偶然ではありますが、実は今、私も「グロース・マネージャー」というタイトルの本を書いています。これからの時代、人を数字で管理するようなことは、もはやテクノロジーに任せればいい。昨対比の売上がどうだということばかりに時間を割くのではなく、価値観や抱えている悩み、課題に向き合ってあげることが大切だと思っているんです。すなわち、マネージャーとは「キャリアのプロデューサー」であるべきだと考えています。メンバー一人ひとりのキャリアのプロデューサーになって、耳を傾けながら舵取りを行う。そんなチームはやっぱり伸びてくだろうなと。車座でも、1on1でもどんなアプローチでも良いと思うのですが、きっとそのあたりが鍵ですよね。

→対談の全編はこちらからご覧ください。

田中研之輔氏 プロフィール

博士号 専門:キャリア開発 組織アナリスト
株式会社 キャリアナレッジ 代表取締役社長
一般社団法人 プロティアン・キャリア協会 代表理事
法政大学キャリアデザイン学部 教授
UC.Berkeley 元客員研究員/Melbourne University 元客員研究員
日本学術振興会 元特別研究員(PD:一橋大学/SPD:東京大学)
著書32冊・社外顧問 35社歴任

<著作リスト・一部>

『プロティアンシフト』(2023.5)
『社員がやる気をなくす瞬間』(2022.12)
『人的資本の活かしかた』(2022.8)
『キャリアワークアウト』(2022.7)
『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』(2022.4)
『新しいキャリアの見つけ方』(2022.1)
『プロティアン教育ー三田国際学園のキャリアエスノグラフィ』(2021.11)
『ビジトレー今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』(2020.6)
『プロティアンー70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』(2019.8)
『教授だから知っている大学入試のトリセツ』(2019.3)
『辞める研修 辞めない研修ー新人育成の組織エスノグラフィー』(2019.3)
『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(2018.7)
『ルポ 不法移民ーアメリカ国境を越えた男たち』(2017.7)
『実践するキャリアオーナーシップ』(2024.3)
『進化するキャリアオーナーシップ』(2024.3)
※『グロース・マネジャー』(2024 刊行予定)

籾山直威 プロフィール

アデコ株式会社ピープルバリュー本部長
2003年、サンダーバード国際経営大学院卒。2022年より現職。現職就任までの5年間は、ゴディバ・ジャパン株式会社においてHR Director、日本・ベルギー・オーストラリア・ニュージーランド・韓国を統括するグループHRヘッド、常務執行役員を歴任。2014年から約3年間は、アデコ株式会社にHR Development Directorとして在籍し、企業文化の醸成、採用活動やトレーニング、タレントマネジメントを通じた社員の人財開発および企業の成長に貢献。それ以前は、トリンプ・インターナショナル・ジャパン株式会社や日本ヒルティ株式会社など、複数の多国籍企業においてタレントマネジメントや組織開発、制度設計に従事した経験を持つ。

 

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