EVPという言葉を耳にすることも増えてきました。EVP(Employee Value Proposition )とは、企業が従業員やステークホルダーに対してどのような価値を提供できるか、という意味の言葉です。
EVPは金銭的なメリットにとどまらず、従業員が働くうえで大きなモチベーションになり得ます。今回はEVPの概要やメリット、具体的な設定方法、事例などについてくわしく解説します。
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EVP(Employee Value Proposition )とは?
EVPとは英語のEmployee Value Propositionの頭文字を取った言葉で、日本語では「従業員価値提案」と訳されることが多いです。EVPを策定することとは、企業が従業員に対して提供できる価値を言語化、視覚化し発信すること。マーケティング用語であるバリュープロポジションが顧客をターゲットとしているのに対し、EVPでターゲットとなるのは従業員や求職者となります。
EVPには成長ややりがいなど、従業員や求職者にとっての仕事に関する無形の付加価値も含まれます。従業員や求職者の求めるものにフォーカスし、メッセージを設定していくことが必要となるでしょう。
なぜEVPが注目を集めるのか
EVPが注目を浴びる大きな理由は、離職率や転職市場の流動性の高まりにあります。多くの従業員にとって終身雇用の前提は薄れており、働きがいを求めて転職する人材は珍しくなくなりました。EVPを設定しなおすことで、従業員とのエンゲージメントを高め、限られた募集人数のなかにおいても、求める人材を確保しやすくなる効果が期待できます。
EVPの策定にあたっては、どのような人材が必要なのかを、しっかりと整理することが重要です。
EVPの具体的な設定項目例
EVPではどのような項目を設定するべきなのでしょうか? EVPの設定項目は、理念から具体的な制度まで多岐に渡ります。
ミッションとバリュー
EVPにおいてミッションとバリューを設定することは重要なステップです。ミッションとは組織が掲げる目標や使命、社会に果たす責任のこと。バリューはミッションを達成するための組織共通の価値観、考え方や共通言語となります。
何のために働いているのか、自分の仕事が社会にどのような恩恵をもたらすのかを明確にすることで、従業員は自分の仕事や組織に対しやりがいや誇りを持てるようになります。
カルチャー
カルチャーは主に組織風土や文化のことを指し、「フラットでオープンな風土」や「裁量権がある」など特徴は企業によってさまざまです。採用ページなどでカルチャーや雰囲気を明確にすることで、求職者が働くイメージを想起しやすくなる効果もあります。
またカルチャーを明文化しておけば、それを体現・醸成するための人事制度や施策も検討しやすくなるでしょう。採用サイトや募集要項などに反映することで、求人におけるミスマッチを防ぐ効果もあります。
表彰や評価
従業員への公平で納得感のある評価や、成果をあげた従業員の表彰はチームの士気やモチベーションを高めます。評価される人材とは、いいかえると求める人材像でもあります。公平な評価制度は採用時のPR材料にもなるでしょう。
営業部門などの直接売り上げに貢献する部門はもちろん、バックオフィスをはじめとした、社内業務改革なども積極的に評価する姿勢は、在籍している従業員にも魅力的に映ります。まだ実施していない場合はぜひ検討してみてください。
キャリア形成支援
従業員が組織のなかでどのように成長できるのか、キャリアパスを明確にすることも求職者や従業員が評価する大きなポイントです。アデコグループが実施した調査では、新卒3年以内に退職した理由として約3割が「キャリア形成が望めないため」と回答しました。
求職者に対しても、入社後どのように成長できるかを具体的に発信することで、アピール材料となります。
関連リンク:新卒入社3年以内離職の理由に関する調査|アデコグループ
給与や福利厚生などの諸制度
給与や福利厚生も当然、従業員や求職者の判断に大きな影響を及ぼします。上述の調査では「待遇や福利厚生に対する不満」は「キャリア形成の不満」を上回りました。最近では大企業や銀行でもフレックスタイム制や副業の解禁といった、柔軟な働き方を採り入れる企業も増えつつあります。
競合(採用の競合や人材の流出先)となる企業を入念に分析し、ミッションやビジョンと照らし合わせつつ社内制度を設計する必要があります。
EVPを設定するメリット
EVPを設定するメリットには具体的にどのようなものがあるのでしょうか? ひとつずつ見ていきましょう。
従業員満足度やワークエンゲージメントの向上
EVPを設定することで、従業員満足度やワークエンゲージメントの向上につなげられます。EVPを設定する際には、自社における従業員満足度などを調査し分析するのが一般的です。その過程で得られた結果や意見を人事制度や施策に生かしましょう。
また従業員にミッションやバリューなどを再確認してもらうことで、働きがいの向上にもつなげられます。
人材のリテンション
従業員に対して提供できる価値を見直し発信することで、離職率を下げる効果が期待できます。現場へのヒアリングやアンケートによって、離職率を押し上げている環境要因について分析してみましょう。
たとえばキャリア形成に不満がある場合は相談窓口を設けることで、評価制度への不満が高い場合には制度の見直しにより、離職率が抑制できると考えられます。
人材の獲得や採用ブランディング
EVPを設定し、企業の採用サイトやSNSなどで発信することで、求職者に自社の魅力をアピールできます。入社することで求職者にどのようなベネフィットがあるのかを明確にするのがEVPの目的のひとつ。
ベネフィットを明確にすることは、採用ブランディングのための施策にもつなげられます。積極的に企業メッセージを発信していることで、求職者の目にも留まりやすくなり、エントリーの数や質の向上にも貢献できるでしょう。
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本記事では、採用ブランディングの目的や方法から、導入するメリットとデメリットまでを詳しく解説します。
経営理念の浸透やカルチャーの醸成
EVPを設定することで、企業理念の浸透やカルチャーの醸成が可能となります。組織の共通言語として、ミッションやバリューを定義すると同時に、関連する諸制度をEVPに沿う形で整備しましょう。
EVPと制度が矛盾してしまうと従業員の納得感が得られないためです。共通言語と諸制度などの仕組みがしっかりと連動することで、組織内に理念が根付きやすくなります。
企業のブランディング
EVPを設定し発信することで、取引先や株主などステークホルダーに対するブランディングにもなります。EVPは従業員向けですが、その課程で整備した諸制度や取り組みはPRの材料にもできます。
先進的な取り組みをする企業、従業員満足度の高い企業といったブランディングに活用できるでしょう。評判が広まれば、新聞・TV・Web媒体などのメディアに取り上げられることもあります。
EVPを設定している企業の事例
EVPを設定・活用している例として、どのような企業があるのでしょうか? 具体的な事例を紹介していきます。
ソニー
ソニー株式会社は、重要なステークホルダーの一人として従業員を位置づけています。同社は人材を「群」ではなく「個」でとらえており、従業員に提供する価値と同時に、従業員に求めることを明言しています。
ソニーが社員に提供する価値 | ソニーが社員に求めること |
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また具体的なEVPの設定や取り組みとして下記を実施しています。
ダイバーシティ&インクルージョン
同社は、多様性を尊重した組織風土づくりを進めることで、お客様への価値創造に貢献することが、目指すダイバーシティ&インクルージョンだとしています。「社員の認知・理解を高め、意識・行動変革へつなげる」ことを目的にダイバーシティウィークを開催するなどの取り組みを行っています。
グローバルリーダー育成プログラム「Sony University」
スキルアップやキャリアに関連する研修や面談・イベント・セミナー、および持続的に学び合う社員自主コミュニティ活動を推進しています。
各種アワード
同社では各種アワードも実施されています。成果を上げた優秀な個人エンジニアを表彰するSony Outstanding Engineer Awardや、全社でその貢献を認定するCorporate Distinguished Engineer制度などを実施し社員のモチベーション向上に努めています。
社員エンゲージメント調査
国内外で社員のエンゲージメント調査を実施。その結果をワークショップなどで活用しています。
メルカリ
株式会社メルカリは、採用ページやオウンドメディアで積極的に職場や仕事に関する情報を発信しています。ビジョンやミッションを明確化し、従業員が共通言語としてコミットする仕組み作りに力を入れているのが特徴的です。具体的なEVPの設定や取り組みとして下記を実施しています。
ビジョン&ミッション
同社では「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」という明確なビジョン、ミッションを掲げ、社員にも浸透しています。
カルチャー
従業員同士の信頼関係を大切にするカルチャーで、社員向けのルールなども必要以上に設定していません。相手を信頼し一人ひとりの自発的な行動を促すことによって、個人や組織の成長につなげています。これは同社では“Trust & Openness”と呼んでいます。
バリューに沿った行動を評価する仕組み
個人と組織、両方の成長を重視する同社の評価方法は組織と事業の目標に沿った「OKR(Objectives and Key Results)」と、全社共通の価値観である「Values」の2軸で実施しています。また自己評価や上長評価だけでなく、「Peer Review」と呼ばれるメンバー相互のフィードバックで、多角的な観点から気づきを得られるなど、より個人が成長しやすい環境を整えています。
フレックスタイム制や副業の推奨など、働きやすい環境にも配慮しています。有給とは別にケガや病気の際に使える「Sick Leave(シックリーブ)」や、自由なタイミングで3日間の休暇を取得できる「リラックス休暇」などがあり、状況に合わせた働き方の選択が可能です。
マクドナルド
日本マクドナルド株式会社も、早くからEVPに取り組んできた企業のひとつです。掲げるビジョンを達成するために「マクドナルドは従業員の皆さんとその成長および貢献を、価値あるものとして大切にします」と従業員に約束しています。これはピープルプロミスと呼ばれています。同社の具体的なEVPの設定や取り組みは下記のとおりです。
ピープルビジョン
同社は「マクドナルドは、世界中どの街でも、ベストな雇用主となる」というグローバル共通のビジョンを従業員に対して明確に打ち出しています。それを実現するための約束が上述のピープルプロミスです。全従業員に対し、等しく成長の機会を提供し、その功績に報いることを約束しています。
ダイバーシティ&インクルージョン
多様な価値観をもつ人材が、チームワークを発揮できるよう、ワークショップの開催などを通じて意識改革を行っています。ワークライフバランスにも力を入れており、フレックスタイム制や在宅勤務などで仕事と家庭の両立がしやすいよう配慮しています。
ハンバーガー大学
同社の特徴的な教育制度にハンバーガー大学があります。日本では、東京のハンバーガー大学でマネジメントスキル、リーダーシップやチームビルディングなど店舗運営に欠かせないスキルや知識、マインドを学べます。
EVP設定のステップやポイント
EVPの設定に当たっては、一般的なマーケティングのプロセスをイメージするとわかりやすいでしょう。マーケティングプロセスにおける3C分析(customer、company、competitor)について深堀していくことがEVPのスタートとなります。
- 1従業員や求職者のニーズの分析
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まずはcustomerに該当する従業員や求職者のニーズを分析します。その際は従業員アンケートやヒアリングが有効です。もちろん実施に当たっては、従業員が忖度せず自由に回答を行えるような工夫も必要です。
自社の強みや弱みを実際の従業員に聞いてみましょう。従業員が自社の何に共感しているのか、という観点もヒアリングしてみると、新たな気づきを得られます。従業員の率直で意外な意見はEVPの設定に役立つでしょう。
- 2競合他社のEVPの分析
- competitorとなる競合他社の分析も重要です。採用時によくバッティングするところや、退職者が就職する企業などの採用ページや求人広告媒体などから競合のメッセージを分析しましょう。競合にはない強みを打ち出すことで差別化ができます。
- 3自社が提供する価値の分析
- 従業員や求職者のヒアリングとあわせて、自社(company)が提供する価値をあらためて整理してみましょう。その際は給与や待遇だけでなく、どのようなキャリアパスを描けるか、どのようなやりがいがあるかなども分析して明文化していきます。自社の強みを明確にすることで、EVPが設定しやすくなります。
- 4EVPの設定
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上記の分析結果をもとにして、EVPを整理し設定していきます。EVPを設定する際には、人事や経営層だけでなく、マネジメント層も交えてディスカッションするとよいでしょう。またEVPは企業から従業員への一方的な提示ではありません。
組織が従業員に対してコミットするのと同様に、従業員がコミットすべき事柄や行動指針も明確に示すのがよいでしょう。
- 5EVPの運用
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EVPは、設定して終わりではありません。発信するメッセージを明確にしたら、採用ページや求人広告・SNS・面接・評価・制度などあらゆる面に反映し伝えていくことが重要です。そして一度設定したEVPは従業員満足度調査などを定期的に実施することで効果測定し、また時代に即したEVPとして適宜アップデートしていく必要があります。
どのようなチャネルや媒体で候補者やステークホルダーと接点をもつのが相応しいかという点についても、あらためて考えてみるとよいでしょう。
まとめ
今回はEVPの基本的な意味から、策定の具体的な手順をお伝えしました。自社の従業員や求職者にどのような価値を提供するのか、それらを明確にすることは、人材の流動性が高まりつつある現代において、ますます重要になっていくでしょう。
採用マーケティングといった観点だけではなく、企業の価値を見直すプロセスは、今後の事業の発展にもおおいに役に立つのではないでしょうか。
EVPの見直しや策定を検討している企業は、これからの戦略人事を見据えて、ぜひ取り組んでみてください。
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