インクルージョンという言葉をよく耳にするようになりました。インクルージョンは、ダイバーシティと同様に昨今の企業経営において欠かせない重要な概念になりつつあります。
これには、働き手の価値観の変化やビジネスのグローバル化、競争の激化によるイノベーションの重要性の高まりなど、注目されるべき背景があります。
インクルージョンを導入し推進するには何に気を付ければ良いのか、どのようなプロセスで進めるのが良いのか、導入事例まで包括的に解説していきます。
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インクルージョンの意味、ダイバーシティとの違いとは?
インクルージョンは受容、包括するといった意味をもつ言葉です。どのような個性や考え方があっても、従業員に活躍の機会が与えられている状態を表します。この時に重要なのは、組織が従業員の個性を受け入れることです。
近年、ダイバーシティとセットで語られることも多い言葉です。
インクルージョンとダイバーシティの違い
ダイバーシティとは、「多様性」を表す言葉です。組織において、年齢・性別・国籍・宗教などのさまざまな背景を持つ人材が集まっていることを表します。
日本においても、外国人をはじめとする多様な背景を持つ人材と働く機会が高まっていることから、注目が集まっている概念です。
一方で、インクルージョンは、一人ひとりの個性を受け入れるという概念です。
つまり、ダイバーシティは組織にさまざまなアイデンティティを持つ人が存在し、多様性がある状態ですが、インクルージョンはさらに一歩進んで「互いの個性を受け入れ、能力を発揮できる」という状態を指します。
組織として生産性を高めるためには、ダイバーシティだけを実現しても上手くいかないことが多いため、「ダイバーシティ・アンド・インクルージョン」とセットで語られることが多くなっているのです。
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インクルージョンが注目を集めている背景と理由
インクルージョンが注目を集めている背景や理由にはどのようなものがあるのでしょうか。 外部要因などを把握して、効果的なアプローチに役立てましょう。
労働市場における流動性の高まり
日本国内では少子高齢化が政府の予測より早く進むなど、労働者の数が減少傾向にあります。転職はもはや当たり前になり、従来の新卒一括採用や終身雇用といった日本の採用スタイルは見直しを迫られています。
これまでと同じやり方では人材確保が難しくなっており、採用に課題を感じる企業は多くなってきています。
インクルージョンの推進によって組織の魅力をより高めて他社と差別化することで、より優秀な人員の確保がしやすくなるといえるでしょう。
グローバル化に伴う競争の高まり
国境を越えた企業間買収が進むなど、ビジネスにおける競争はグローバル化とともに激しくなっています。人口減少により国内の市場が縮小傾向にある中、海外市場を見据えビジネスを展開する必要性も高まっています。
競争を勝ち抜くためには、一人ひとりの意見や考えを尊重して自由な発想によるイノベーションを活性化し、より生産性を高める必要があるといえるでしょう。
ダイバーシティの普及に伴う必然性の高まり
上述の通り、ビジネスのグローバル化と競争激化によってダイバーシティ経営への関心が高まっています。しかしダイバーシティを取り入れるだけでは、対立や衝突を放置してしまい生産性を下げることにもなりかねません。
ダイバーシティの導入は、多様性を受容するインクルージョンの必要性につながります。
ダイバーシティとインクルージョンは補い合う両輪の関係にあります。組織の生産性を高め、従業員の能力を発揮してもらうために、必要となる概念だといえるでしょう。
社内でインクルージョンを推進するメリット
社内においてインクルージョンを推進するにあたり、メリットや注意点を理解しておくことは非常に重要だといえます。
はじめに、インクルージョンのメリットを項目に分けて解説します。それぞれ一つずつ確認していきましょう。
優秀な人材の獲得
インクルージョンに前向きに取り組んでいる企業は増えてきつつあるものの、すべての企業に浸透しているわけではありません。積極的な取り組みをアピールできれば、他社との差別化やより優秀な候補者の採用に繋がる可能性があります。
生産性向上
ダイバーシティとインクルージョンはイノベーションの促進に貢献します。
ボストンコンサルティンググループが実施した、ダイバーシティとイノベーションの関連についての調査では、ダイバーシティが進んでいる企業はそうでない企業と比べて、イノベーションによる売り上げの割合が、約20ポイント高い結果となりました。
従業員のモチベーション向上や離職防止
インクルージョンを実現し、従業員一人ひとりの個性や経験、価値観を尊重できる環境ができれば、働く上でのモチベーション向上や離職防止にもつながります。
特に早期離職は、育成コストや新たな採用が必要になるなど組織にとって大きな課題となっています。従業員のモチベーション向上のメリットは大きいといえるでしょう。
パフォーマンスの向上
インクルージョン導入が契機となり、従業員一人ひとりのモチベーションや生産性の向上に繋がります。そのため、組織全体のパフォーマンスの向上も期待できます。
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社内でインクルージョンを推進する際の注意点
従業員一人ひとりの個性を受け入れるためには、いくつかの注意点があります。各注意点を把握して、インクルージョンの推進に活用しましょう。
成果が分かりにくい可能性がある
インクルージョンの導入が効果を発揮するには、時間をかけて組織風土や文化を改革し、それを組織に定着させることが重要です。
しかし、導入プロセスにおいては、数値目標の設定や成果を判断することが難しい傾向にあります。インクルージョンを推進する主旨を従業員へ繰り返し説明して、個性が尊重される環境づくりへの理解を促すプロセスが大切です。
施策の評価が難しい可能性がある
数値目標の設定が難しいことから、施策の評価も難しい傾向にあります。
ですが、認知度や理解度などは、従業員に対するアンケートを通じて把握できるといえるでしょう。
強引に推進しない
従業員の理解が浅い状態で強引にインクルージョンを推進すると、不平等感などにつながってしまうこともあります。
そのため、予期せぬ反発やトラブルを招いてしまう可能性があります。トラブルを防ぐためには、トップメッセージの発信や啓発なども有効です。
数値ばかり重視しない
数値目標を設定した場合は、数値達成に捉われすぎないよう気をつけましょう。
たとえば「外国人雇用を増やしたい」時に、目標設定到達のために採用判定基準外の外国人人材を採用すると、離職率や生産性に影響が出る可能性があります。
インクルージョンを導入する際のポイント
インクルージョンを導入する際のポイントにはどのようなものがあるのでしょうか? 重要なポイントを事前に知ることで、効果的に導入を進められます。
- 1トップメッセージを発信する
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トップメッセージを発信することで、従業員がインクルージョンについて意識し、お互い議論したり発言したりしやすい環境につながります。そのため、社長や経営幹部が中心となってインクルージョンについて繰り返し発信することは非常に重要です。
四半期や年度などの節目だけでなく、ある意味しつこいと思うくらい日常的に、頻繁に発信することで、啓発につながります。
- 2カルチャーや組織風土をつくるという意識をもつ
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前述の通り、インクルージョン導入にあたっては目標を数値化するのが難しく、成果も見えにくくなります。そのため、数値目標を達成するというよりは、カルチャー・組織風土づくりをするという意識で推進していくのが良いでしょう。
組織におけるカルチャー・組織風土づくりと定着には時間がかかります。 そのため、中期経営計画など数年に渡る計画に盛り込むのも効果があるといえそうです。
- 3健全な対立を受け入れる
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多様性を受け入れ、インクルージョンが組織に定着するまでには抵抗・同化・分離・統合のプロセスがあります。
初期における「抵抗」の段階で、あまりにも対立が激化してしまうと、インクルージョン導入が頓挫する恐れもあります。組織に対し、前向きな姿勢で問題やわだかまりを解決する「健全な対立」を促すことが重要であるといえるでしょう。
- 4ファシリテーションを意識して取り入れる
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ファシリテーションは、会議において中立的な立場から議論を深めたり、広がった話を収束させたりするスキルのことです。ファシリテーションを行う立場の人を「ファシリテーター」と表現します。
日本では、批判や対立を「個人に対するもの」であると受け入れる土壌があります。 捉え方を変えるために、ファシリテーションスキルのある人材が参加することでスムーズに議論を進められるといえるでしょう。
導入時の具体的な人事施策
インクルージョンを導入するための具体的な人事施策にはどのようなものがあるのでしょうか? 詳しく紹介していきます。
インクルージョンに関する研修を実施する
社内でインクルージョンを推進するためには、まず基礎的な理解が必要です。研修やセミナーが有効なので、外部機関も検討しつつ、人事部が先導して実施すると良いでしょう。
多様な働き方を促進する
2020年より、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴ってリモートワークが急速に普及、一般化しました。人材の多様性だけでなく、多様な働き方を認めることもインクルージョンの一部です。
短時間勤務や、フレックス、ワーケーションの導入で、働く場所の制限を減らすこともインクルージョンにつながり、従業員がパフォーマンスを発揮できる環境づくりになるでしょう。
また、各人材に配慮した社内制度の整備も必要です。
たとえば、がんや脳血管疾患、心疾患や糖尿病などで継続的な治療が必要な人材も存在します。厚生労働省の調査によると、仕事を持ちながらがんで通院している方の数は44万8,000人です。労働者の3人に1人は何らかの病気で通院している状況があります。
上記の人材の多様な働き方を支えるには、治療と仕事が両立できる職場づくりが重要です。具体的には、治療が必要な方と周囲の従業員の役割分担、通院する際の仕事の連携、環境整備が挙げられます。
厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を公表しているので、ガイドラインを参考に社内風土の醸成や制度・体制の整備を進めていくのも良いでしょう。両立支援コーディネーターと相談し、病院と企業が連携して円滑なサポートを提供する方法も有用です。
参考・出典:厚生労働省「ダイバーシティ&インクルージョンの時代に 治療と仕事の両立で自分らしく働く」
参考・出典:厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」
従業員に新しい仕事を提供する
従業員への新しい仕事や挑戦の機会の提供もインクルージョンの推進に有効です。
具体的には、ジョブローテーションや事業企画コンテストなど、誰もが挑戦できる仕組みをつくると良いでしょう。ほかにも、役員やトップと対話できる場などを設けると、企業経営に参画している意識を高められます。
なお、新しい仕事や挑戦の機会を提供する際には、風通しの良い会社づくりと発言しやすい環境づくりも意識しましょう。従業員が発言しやすい環境があってこそ、インクルージョンに対する社内風土もより育まれやすくなります。
たとえば、人事の担当部局にインクルージョンに関する担当者を決めて体制を整える、社内システムを活用してインクルージョンの情報を配信するなどの施策が挙げられます。
企業行動憲章や就業規則の改訂、条文追加を行い、企業の方針を客観的にわかるかたちで打ち出す方法も存在します。
企業の取り組み事例
業務改善は、フレームワークをうまく活用することでやるべきことを整理できます。業務改善に役立つフレームワークを3つ紹介していきます。
株式会社ローソン
ローソンは「私たちは“みんなと暮らすマチ”を幸せにします。」のグループ理念のもと、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンを経営戦略のひとつとして推進しています。
性別や年齢、国籍や障がいの有無、人種や性格の違いにとらわれず、従業員が互いを尊重して協力できる環境づくりが、ローソンの基本的な考え方です。
インクルージョン推進の一環として、ローソンは「女性の活躍推進に向けた宣言」を行いました。2018年1月には、女性活躍推進法に基づき厚生労働省が認定する「えるぼし(2段階目)」を取得しています。
また、ローソンは外国籍従業員や障がいのある従業員の雇用にも積極的です。新卒採用では、外国籍従業員比率10~20%を目指して採用しています。障がい者雇用のための会社も設立しています。(株式会社ローソンウィル)
2014年7月には、子育てを抱える従業員の声を採用して、ローソン本社のあるビルの1階に事業所内保育施設「ハッピーローソン保育園」を設置しました。ローソンの取り組みは、企業の経営層から従業員まで取り込んだインクルージョンの一例でしょう。
参考・出典:ローソン「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DEI)推進」
株式会社IHI
IHIでは、ダイバーシティ&インクルージョンの積極的な推進を掲げて各種施策に取り組んでいます。社内における「重要課題」として多様な人材の育成を掲げ、時短勤務制度や介護休業の利用数を年次ごとに開示するなど、環境整備にも積極的に取り組んでいます。
同社の大きな特徴は、社内制度に工夫が凝らされている点です。
採用ルートを多角化して偏りのない採用を目指したり、グループ内公募制度を設けたりするなど従業員が柔軟に多様な経験を積めるように制度設計されています。
社外からも多面的かつ柔軟な取り組みが評価されており、厚生労働省から「子育てサポート企業」として認定、また経済産業省と日本健康会議から「健康経営優良法人2024」として認定されています。
参考・出典:株式会社IHI「ダイバーシティ&インクルージョン」
三井住友カード株式会社
三井住友フィナンシャルグループでは、経営戦略の一つとしてダイバーシティ&インクルージョンを位置づけています。
具体的には、仕事と介護の両立、勤務時の服装、性的マイノリティに関する取り組みなどです。
たとえば、従業員がさまざまな介護情報にアクセスできる「介護ウェブサイト」を設置するなど、従業員の介護の悩みにフォーカスした施策も実施されています。
TPOに配慮した上での勤務時の服装自由化が行われており、従業員が働きやすい環境づくりにも積極的です。
日系企業のなかでも先駆けて同性パートナー制度を導入していることも大きな特徴の一つです。同性パートナーがいる従業員が届け出を行い、既婚者と同様の福利厚生が利用できます。
近年注目されている副業も解禁されており、多面的かつ包括的な角度から従業員を柔軟に支援しようとする姿勢が見てとれる事例です。
まとめ
本記事ではインクルージョンの取り組み施策や事例について包括的に解説してきました。ライフスタイルや働き方が大きく変化していることから、イノベーションを促すダイバーシティやインクルージョンはこれからの企業経営に必須な概念だといえるでしょう。
インクルージョンの導入や推進にあたり重要なのは、短期的な成果ではなく、長期的な組織風土の醸成です。メリットや注意点についてよく理解し、自社の状況に応じた施策の検討が重要です。
導入推進の際には、従業員にも活躍の場が広がったりするなどメリットがあることをしっかりとアナウンスしましょう。多様な働き方を促進するため、従業員の個別事情に配慮した社内制度の整備も重要です。
導入の過程で、制度の見直しなども必要になってくるため、決して簡単な道のりではありませんが、行う価値は十分にあるといえそうです。