「リスキリング」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。業務上で必要なスキルに関して学び直す姿勢をさし、ビジネス環境の変化や競争の激化により近年注目を集めている言葉です。
海外では、リスキリングを行うと就労期間の延長や、より良い就業機会を得られると注目されています。従業員に新しいスキルや知識を身に付けてもらうと企業の競争力強化につながるため、日本でも注目を集めています。
本記事では従業員にもメリットがあるリスキリングを推進するための具体的な手法や施策、事例を交えて解説します。
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リスキリングの意味とは?
「リスキリング」とは、英語のre-skillが語源の言葉です。
従業員に新しい能力や技術を習得してもらうことで、企業の生産性向上や従業員自身の能力の向上を目指します。 2021年のダボス会議で、リスキリングの重要性が提唱され大きく広まりました。
業務のデジタル化が進み、職種や役職に限らずITスキルなどを学ぶ必然性は高まり、海外企業を中心に、従業員へのリスキリングが活発化しています。こうした背景の中で、日本企業でも注目を集めています。
リカレント教育、リスキリングとの違い
リカレント(recurrent)とは、再発や循環、繰り返しを意味する言葉です。リカレント教育は、社会人が一度仕事から離れ、再度教育機関で学び直すことをさします。
リカレント教育や生涯学習は、学習するテーマが業務に関するものに限定しない点が特徴です。
一方でリスキリングは就業を継続しながらの学びを前提に、業務に役立てられるテーマの学習や、スキルの向上が目的です。
リカレント教育が福利厚生として導入され従業員に自主的な教育を促すために使われるのに対し、リスキリングは事業展開にあたって新たなスキルを持つ人材が必要な時や、新規事業を展開したい時に使われます。
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リスキリングが注目を集める背景
続いて、リスキリングが注目を集める3つの背景を解説します。
就労期間の長期化による影響
近年、定年退職の延長により、就労期間が長期化する傾向です。60歳前後でリタイアする従来の人生モデルが変化しているため、中高年が長く現役でいるためにも常に学び、新しいスキルを手に入れる必要性があります。
働き方の多様化による影響
企業のテレワーク導入やフリーランスの働き方が広まり、転職が一般化され、流動性が高まっている労働市場では、従業員のセキュリティ意識やITツールのスキル向上が求められます。
次々と新しい技術が登場し、今まで学んだ知識や経験が陳腐化するスピードも速まっている中で、従業員がリスキリングで新たな知識をつけると、労働市場での自身の価値を高められるメリットが期待できます。
DX(デジタルトランスフォーメーション)化の影響
新型コロナウィルス感染症の拡大以降、リモートワークが急速に普及しました。
以前からもDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性は主張されていましたが、スピード感をもった取り組みが必要不可欠です。
企業では変化に対応するため、今まで以上にデジタル人材が欠かせませんが、すぐにデジタル人材が獲得できるとは限りません。
新たなデジタル人材の登用とともに既存人材の育成も急務です。既存人材の経験を生かし、変化に対応するためにリスキリングへの関心が高まっています。
リスキリングで注目されているスキル(技術や技能)
本章では、リスキリングで注目されている具体的なスキルを見ていきましょう。
AI、IoT、セキュリティなどの高度なIT技術
AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など最先端のIT技術を扱う能力は、新たなイノベーションを生み出すためのスキルとして注目されています。また、昨今高度化するサイバー攻撃に備えるためのセキュリティ対策も同様に注目されています。
経済産業省の「 第四次産業革命スキル習得講座認定制度」は、高度なIT人材を育成するための講座認定制度です。
最先端の情報技術を学ぶことで、DX推進や自身のキャリアアップにつながります。講座の内容はAIやIoT、クラウドや高度なセキュリティなどが挙げられています。
基礎的なITリテラシー、デジタル活用技能
最先端のITスキルだけでなく、基本的なITリテラシーやデジタル活用技能を学ぶ姿勢も、現場のDXには必要不可欠です。
たとえば、ベテランの営業職が、Web会議やチャットツール・SFA(営業支援システム)などのIT技術を学ぶと、テレワーク環境にもスムーズに対応できます。
また、基礎的なITリテラシーが高まると、ベテランならではのナレッジをさまざまな形式でチームに還元でき、生産性向上にもつなげられます。
戦略立案やコンサルティングなど付加価値創造のための技能
戦略立案やコンサルティングなどの価値創造型スキルも重要です。決められたタスク以外にも事業あるいは市場の課題を見つけだし、自ら能動的に動く能力です。
上述のようなITスキルのほかに、マーケティングや課題解決のフレームワークなどの技能も、今後ますます求められます。
リスキリングに取り組むメリット
実際にリスキリングに取り組むとどういったメリットがあるのかを紹介します。
生産性向上が見込める
従業員のリスキリングを推進することにより、個々人の新たな知見の習得だけでなく、組織全体のスキルの底上げにもつながり、組織の生産性の向上が期待できます。
従業員の自信やキャリアアップにつながる
研修や学習プログラムなどを通じて新たなスキルを習得すると、従業員の自信にもつながります。
結果的に、仕事に対してよりやりがいを感じられるようになり、現状とは異なるポジションを選択する機会を増やせるかもしれません。
習得した新たなスキルを組織に広められる
外部の研修などで習得した知見や新しいスキルを社内に持ち帰り、部下などに指導してさらに生産性を向上させる、といった良い循環が生まれます。
新しいアイデアやイノベーション創出につながる
習得した知見やスキルにより、既存のビジネスにとらわれない新しいビジネスアイデアやイノベーション創出につながるかもしれません。
リスキリングに取り組む際のデメリットや注意点
リスキリングに取り組む際、慎重さが求められる場合もあるので、デメリットや注意点を十分に理解しておきましょう。
社員がプレッシャーを感じる可能性がある
リスキリングを推進する際は「より多くを学ばなければ」あるいは「苦手を克服しなければ」と社員がプレッシャーを感じてしまうケースも少なくありません。
企業には、プレッシャーによる社員のモチベーション低下を招かないよう、新しいスキルアップ習得が給料につながる評価制度の導入や、サポートを手厚くするなどの学びの機会に参加しやすい環境作りが求められます。
学ぶための時間が捻出しづらい
既存の業務に加え、研修に参加するには新たな時間を捻出しなければなりません。チーム体制や繁忙期などで新たな時間の捻出がしづらいケースもあるでしょう。
従来の業務を整理し、過負荷にならないよう配慮するなど、時間を捻出しやすいような工夫が必要です。
スキルを習得して転職される可能性がある
リスキリングに取り組むと、習得したスキルを仕事に活用したいからと転職する社員が出てくるかもしれません。習得したスキルを社内でも活かせるように、社内環境の整備が必要です。
リスキリングの進め方、推進方法
リスキリングをどのように推進すれば良いのか、推進方法を確認しましょう。
組織として期待する内容を整理する
リスキリングの推進にあたり、組織が従業員に期待する内容を明確にし、どういった支援ができるかも明確にしておきましょう。
新規事業につながるような新しい学びを求めるのか、今の事業をさらに成長させるようなスキルを求めるのかでは大きく違います。
従業員の能力向上、作業効率向上など企業側が期待する内容を事前に整理しておくと、従業員の学びの方向性を決めやすいです。
新たに獲得したいスキルを選定する
リスキリングを通じて、従業員が新たに得るべきスキルは何かを選定しましょう。人事・現場の部門などでニーズを特定し、具体的なスキルを明文化・推奨する姿勢が望ましいです。
たとえば、社内でDXに取り組む必要がある場合、情報システム部門では導入すべきツールの知識の習得が必要です。
マネジメント層は、そもそもDXとは何か、具体的な改善案を出すための学習が欠かせません。
こうした例を明示すると、リスキリングの必要性を啓発しつつ、従業員の意識や意欲を高められます。
教育プログラムを選定、用意する
上記で期待する内容や獲得すべきスキルが明文化できたら、教育プログラムを選定、用意しましょう。
研修プログラムなどをはじめ、後述する出向も、従業員が実践的な学びを得るのに効果的です。教育プログラムは社内で用意できますが、研修などの一部は外部業者への手配も可能です。
Adecco Academy
リスキリングを生かして後続を指導できる仕組みを作る
教育プログラムや施策によって新しいスキルを得た従業員には、還元する機会を積極的に設けましょう。
新しい学びに取り組む姿勢を賞賛する環境や、後続に教える仕組みを作ると、ほかの従業員のモチベーション向上にも大きく寄与します。
リスキリングの効果を測定する
リスキリングの取り組みによってどういった効果があったかを測定しましょう。あらかじめ決めたスキルセットの習得状況をチェックする、あるいは習得による生産性向上の効果などをヒアリングするなどの方法が挙げられます。
リスキリングのための具体的な人事施策
リスキリングのためにどういった人事施策があるのか、具体的に紹介します。
リスキリングの重要性をトップメッセージとして発信する
まず重要なのは、トップメッセージとしてリスキリングの重要性を周知する姿勢です。企業として、新しいスキルの習得を重要視していると具体的に明文化しましょう。
経営陣がリスキリングを重視していると伝えると、現場の理解が得られ、新たな時間の捻出などの施策も実施しやすくなるでしょう。
評価制度を整える
新しいスキルの習得や、スキルを生かした実務に対して、評価制度を整える姿勢も重要です。新しい学びに対して評価制度を整えると、ほかの従業員のモチベーションにもつながり、良い循環を生み出せます。
例えば、給与のアップや賞与への反映など目に見える評価が効果的です。スキルを習得すると、どういった評価がもらえるのかを明確にしましょう。
新しいスキルをもとにしたキャリア選択を可能にする
新しいスキルをベースにしたキャリアの選択肢を社内で複数用意する姿勢も、リスキリングに取り組むメリットや啓発につながります。
具体的には、社内異動や副業の推奨などが挙げられます。
社内研修や外部研修などを実施する
あらかじめ定義したスキルセットに合わせ、社内の研修や外部の講座などを用意し、従業員に受講してもらいます。
社内・外部問わず、マネジメント・広報・管理者向けなど対象者を選定したうえでセミナーを開催すると良いでしょう。
eラーニングを導入する
従業員が各自好きなタイミングでスキルを習得できるよう、eラーニングを導入している企業も多いです。
eラーニングとは、スマホやPCから場所や時間を問わず学習が可能なシステムで、例えば事務職ならOAの基本スキル(Word・Excel・PowerPoint・Access)を習得するなど、業務に適した内容の選択が可能です。
出向制度の活用
在籍型出向は、在籍している企業に籍を残したまま別の企業や組織で勤務する形態です。そのため、「企業間における人事異動」と言われることもある勤務形態です。
「出向」というと左遷のようなマイナスイメージを持つ人もいますが、実際には従業員がより多くの経験値や成長機会を得るために行われます。
出向を経験することで、現在いる企業に在籍したまま新たな経験や知見、人脈などを得られ、リスキリングにもつながります。
アデコのCAREER BRIDGE
(出向支援ソリューションサービス)
また、転職市場にはいない高い実務能力と業務経験を持った現職中の専門人材が本サービスを通じて受入先企業で即戦力として活躍します。
リスキリングに取り組む企業の事例
リスキリングに取り組む企業の成功事例を2つ紹介します。
みずほフィナンシャルグループ
みずほフィナンシャルグループでは、社員のキャリアに応じて人材育成を実践しています。
コロナ禍でも学びや成長を支援するため、オンライン講座を受講できる体制を整えており「M–Nexus」のプラットフォームを通じて、各種スキルの学習や研修・公募に応募できます。
特徴的な取り組みとして副業の解禁や「自分磨き休職」の制度で一定期間の休職を認めている点です。大学院への進学など、新たなスキルを得るチャンスが広がっています。
さらに、ジョブ公募や兼業公募、トレーニング公募など、得たスキルを生かす機会も設けています。学びと機会をうまく組みあわせて、効果的なリスキリングを行っている好例です。
ダイキン工業株式会社
空調機器メーカーのダイキンでは、2017年より大阪大学と連携して「ダイキン情報技術大学」と呼ばれる社内講座を開講しています。
大阪大学の教授がダイキンの従業員に教育を施し、AIをはじめとする情報系技術のイノベーションなどにつなげる狙いで実施されています。
9ヶ月にわたるプログラムを、社内で選抜された20-40代の幅広い年代の社員が受講し、業務上発生する課題をもとにした演習も行っています。地元の産学連携が基盤となった、先進的な取り組みです。
同社では、2020年にマレーシア拠点で日本からリモートOJTを行いながら生産ライン立ち上げを成功させました。知見を共有する基盤がこうした成果にもつながっています。
まとめ
本記事では「リスキリング」の言葉の意味や注目を集めている背景、企業での具体的な推進方法を解説しました。
企業がリスキリングに取り組む場合は、まず求めるものを具体化し、学びのプログラムを用意しましょう。
社内でのプログラム手配が難しい場合は、外部の研修プログラムの利用や、出向をアレンジしてくれるサービスの活用も有効です。学び得たスキルを磨き、役立てられるよう、さまざまなキャリアの選択肢の用意も不可欠です。
取り上げた事例のように、場合によっては産学連携の取り組みなども効果的でしょう。
継続して取り組みを行うためには、積極的にリスキリングを奨励し、学びに取り組む従業員を賞賛する機会を設ける姿勢や社内制度も必要です。
リスキリングは継続して取り組んでこそ、企業の組織力の底上げにつながりやすいため、 長期的な目線を持って計画を立ててみてください。
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