「人生100年時代」といわれ、終身雇用制度も変化しつつある現在。これから先、一定の年収を維持していくために、生き方や働き方を見なおす必要性がでてきました。
そのような背景のなか、注目を集めているのが、人生で就労と学びを交互に繰り返す「リカレント教育」です。そこで本記事では、リカレント教育のメリットや大学・企業での取り組み事例、助成金・補助金などについて解説します。
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リカレント教育とは
リカレント教育とは、人生で就労と学びを交互に繰り返す教育システムのこと。リカレント(英語:recurrent)は、日本語で「反復」や「循環」といった意味を指す言葉です。義務教育や高校・大学での学びを終えて社会人になってから、新たなスキルや知識を取得するために学びなおすことをいいます。
リカレント教育を最初に提唱したのは、スウェーデンの経済学者であるゴスタ・レーンです。1970年代に、国際経済全般について協議する機関「経済協力開発機構(OECD)」で取り上げられ、リカレント教育の構想が脚光を浴び、世界的に広まりました。
海外では有給教育制度など、リカレント教育を受けるための制度が充実していますが、日本ではまだあまり浸透していません。そのため就労しながら大学の夜間開講制度や通信教育を受けたり、企業の研修を受けたりすることもリカレント教育のひとつとされています。
リカレント教育が注目を集める理由
しかし最近、国内でもリカレント教育への関心が高まりつつあります。なぜ今のタイミングなのでしょうか? その理由と社会的背景について解説します。
人生100年時代
リカレント教育に注目が集まるのは、「人生100年時代」という考え方への関心が高まっているからです。人生100年時代とは、イギリスの組織論学者であるリンダ・グラットンが提唱した考え方です。これから先、寿命が100歳前後まで伸びていく時代において、組織や個人が生き方の見なおしを迫られていることを示唆しています。
平均寿命が延びることで、「教育を受け、就労し、退職する」といった従来型の人生モデルは大きく変わるでしょう。そうした時代に備えて、生涯にわたり一定の年収を維持するため、スキルや知識を学び直すリカレント教育が注目されているのです。
Society 5.0
リカレント教育に注目が集まる理由として、日本が提唱する未来社会「Society 5.0」の到来も挙げられます。Society 5.0とは、狩猟、農耕、工業、情報に次ぐ第5の新たな社会のこと。IoTやロボット、AIが進化することで、人間の生活が今まで以上に快適になるとされています。
Society 5.0で人が働き続けるためには、AIやロボットでは代行できない仕事をしていかなければなりません。新たなスキルや知識を学ぶ機会として、リカレント教育に関心が向けられています。
雇用の流動性の高まり
日本では終身雇用の前提は薄くなりつつあります。年収アップや仕事のやりがいを求めて転職する労働者は珍しくありません。自分が納得する企業に転職してキャリアパスを描くため、専門スキルや知識を身につけるべく、労働者がリカレント教育を望む声も少なくありません。
ジョブ型雇用の萌芽
リモートワークが普及したことで、企業の雇用方法にも変化が現れています。職務やもとめる成果、責任を明確にしたうえで人材を雇用する「ジョブ型雇用」の導入を検討する企業が増えているのです。
ジョブ型雇用では、従業員による自発的なキャリア形成が求められます。そこでキャリア形成の一環として、リカレント教育が注目を浴びています。リカレント教育を推進するには、学びの機会を提供する仕組みを、企業や大学、国や自治体で整備することが重要です。
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生涯学習との違い
リカレント教育と似ている言葉として「生涯学習」が挙げられます。リカレント教育と生涯学習の違いは、学ぶ目的です。
リカレント教育は、業務上必要なスキルや知識など、仕事に直結した学びです。一方で生涯学習は、将来にわたって豊かな人生を過ごすための学びであることが特徴です。生涯学習には、仕事や資格はもちろん、趣味やスポーツも含まれます。
企業や労働者にとってのメリット
リカレント教育には、どのようなメリットがあるのでしょうか? 企業側、求職者側それぞれの視点で解説します。
企業のメリット
まずは企業から見た場合のメリットを見ていきましょう。
(1)生産性向上が期待できる
リカレント教育を推進する企業側のメリットは、生産性向上につなげられることです。従業員が新たなスキルを身につけたり、職務の専門性を磨いたりすることで、社内の業務改善やイノベーションにつなげやすくなります。
専門スキルをもつ人材は世の中に少なくありませんが、自社のことを理解している人材は貴重な存在です。そのため、専門スキルをもつ人材を積極的に採用するよりも、今いる従業員のスキルアップを図ることを選択する企業もいます。リカレント教育を推進する場合に、再雇用制度などを活用し、社外で経験を積んだあとに活躍してもらう方法もあります。
(2)従業員のキャリア形成支援につながる
リカレント教育は、従業員のキャリア形成支援につながるのもメリットです。企業が学びの機会をつくり、従業員が新たなスキルや知識を取得することで、その従業員の可能性は広がります。できることや考えられることの幅が増えれば、組織で働くうえでのキャリアパスが描きやすくなり、結果として従業員の働きがいも向上します。
(3)人材のリテンションにつながる
リカレント教育は、人材のリテンションにもつながります。リカレント教育によって組織でのキャリアパスを描けるようになると、エンゲージメントも高めやすくなります。結果として、人材の流出を防ぎ、労働力を維持することにつながるのです。
また、中高年やシニア層など、長年勤めてきた従業員の活用にもつなげられます。社内のことを知り尽くしたベテラン人材に、新しい知識やスキルを身につけてもらえば、活躍の幅は広がります。
労働者のメリット
続いて、労働者側から見た、リカレント教育のメリットを見ていきましょう。
(1)スキルアップやキャリアアップができる
労働者がリカレント教育を受けるメリットは、スキルアップやキャリアアップができることです。大学などで提供されているリカレント教育のプログラムは、ビジネスやテクノロジーなど、実務に役立つ内容が充実しています。専門的で高度な講義を受けることで、実践的な知識が身につけられます。
また、大学でプログラムを受けて履修証明をもらうことで、現在の職場や転職先へのPRになりキャリアアップにもつながるでしょう。
(2)定年後も活躍できる
定年後に活躍できるのも、リカレント教育のメリットです。リカレント教育でこれまでの経験に加え、新しいスキルや知識を身につけられれば、退職後の再雇用や再就職時に有利になります。
人生100年時代といわれる現在。生涯にわたり一定の年収を維持するためには、企業に頼り続けるのではなく、自ら道を切り拓いていかなければなりません。定年後も一定の収入を得るために、学びなおす人が増えつつあります。
大学のカリキュラムや取り組み事例
「より専門的な知識やスキルを手に入れたい」と、大学でリカレント教育を受ける人もいます。では、大学ではどのようなプログラムが組まれているのでしょうか?
筑波大学
国内ではじめて夜間大学院を創設した筑波大学では、社会人教育のための早期修了プログラムなどを整備しています。日中は業務に従事して、夜間に授業を受けられるため、忙しい社会人も通いやすい大学です。
(1)博士課程早期修了プログラム
博士課程早期修了プログラムとは、社会人を対象にした、最短1年で博⼠号を取得できるプログラムです。一から新しい研究をするのではなく、社内業務での研究業績をベースに論文を執筆し、博士号取得を目指せます。
遠隔講義システムやeラーニングが整備されているうえ、指導教員とのコミュニケーションをメールで取れるため、在職・遠隔でも履修が可能です。
(2)社会人大学院
社会人大学院とは、社会人を対象にした、働きながら修士や博士の学位取得ができる学校です。所属する企業が抱える課題を研究できるため、業務に直接つながる学びが得られます。
講義は少人数制で行うことにより、実務と研究能力を兼ね備えた人材を育成しています。夜間と土曜日に限定して講義が開講されるため、働きながら受講できるのが特徴です。
明治大学
明治大学の知的財産を社会に還元することを目的として創設されたのが、明治大学リバティアカデミーです。生涯学習の拠点として、中野・生田・駿河台・和泉の4キャンパスで年間400講座が開設され、約18,000人が学んでいます。
講座内容は、ビジネスや語学、教養など広範囲にわたり、興味がある分野を選択して学びを深めることが可能です。各講座の学習時間に応じてポイントを付与する「ポイント制度」を導入しており、ポイントを一定数累積することで、独自の称号が授与されます。
eラーニングを取り入れていて、在宅で受講することが可能です。
日本女子大学
日本女子大学では、育児などで離職した社会人女性を対象として、再就職を支援する1年間のリカレント教育プログラムを提供しています。
講座の内容は、大学の学部科目とは異なり、ビジネスに特化した独自のカリキュラムです。グローバル化を見据え、即戦力となるスキルを得られるよう、英語とITリテラシーの受講を必須としています。選択科目には、企業会計や簿記、社会保険労務士などがあり、自らが描くキャリアパスに沿って学びを深められます。
また同大学では、リカレント教育だけではなく、再就職支援も行っているのが特徴です。大学に直接届く求人のほか、東京商工会議所に登録された企業の求人を紹介しています。
企業の取り組み事例
企業もリカレント教育についてさまざまな取り組みをしています。
サイボウズ株式会社
グループウェアの開発・運用を行うサイボウズ株式会社では、働き方改革に積極的に取り組んでいます。
(1)育自分休暇制度
2012年から「育自分休暇制度」を導入しています。退職後、最長6年間は同社へ復職できる制度で、退職者に安心感をもって社外でチャレンジしてもらうことを目的としています。
キヤノン株式会社
カメラをはじめとした機器メーカーのキヤノン株式会社では、「地球儀を俯瞰して職務を遂行するグローバル人材の育成」を掲げ、リカレント教育に関するさまざまな取り組みを行っています。
(1)自己啓発支援のためのeラーニング講座の充実
従業員のモチベーションや専門性の向上に重きを置く同社の人材育成は、「階層別研修」「選択研修」「自己啓発」の三層で実施しています。三層のうち自己啓発を支援するために、ITや語学研修など、幅広い講座をeラーニングで提供しています。
(2)ワーク・ライフ・バランス推進期間
生産性向上とワーク・ライフ・バランスの好循環・相乗効果を生み出すために、数カ月間のワーク・ライフ・バランス推進期間を設けている同社。就業時間を30分ほど前倒しにし、同期間中は従業員に終業後の時間を有意義に使ってもらうべく、就業時間後に自己啓発支援のためのイベントやeラーニングなどの「福利厚生プログラム」を実施しています。
Zホールディングス株式会社
ヤフー株式会社やPayPay株式会社などをグループ会社にもつZホールディングス株式会社でも、リカレント教育に対する取り組みが行われています。
(1)サバティカル制度
サバティカル制度とは、勤続10年以上の社員を対象にした、最短2カ月から最長3カ月の休暇を取得できる制度です。本制度の目的は、自身のキャリアや人生、働き方を見つめなおすこと。なかには、3カ月間の休暇を取得し、シンガポールに留学して語学力を磨いた従業員もいます。
(2)勉学休職制度
勉学休職制度とは、同社がキャリア施策のひとつとして実施している休職制度です。業務を離れ、専門知識や語学力を身につけるため、集中的に学習できるように設けています。対象となるのは勤続3年以上の正社員で、最長で2年間の休暇が取得可能です。実際に、これからのキャリアを考え、大学院に進学して数学を学んでいるエンジニアの従業員もいます。
リカレント教育を活用するために
リカレント教育は、企業にとっては生産性向上や従業員のキャリア形成、労働者にとってはスキルアップやキャリアアップに有効です。しかし、誰でも受けられるものではなく、どこの企業でも積極的に推進できるものではありません。なぜなら、リカレント教育を受けるためには費用と時間がかかるからです。
そこで、リカレント教育を活用するためにポイントとなる、助成金や給付金、働き方改革の推進について紹介します。
補助金や助成金の活用
リカレント教育を企業として支援するため、Zホールディングスグループの「サバティカル制度」や「勉学休職制度」のように、休暇制度を導入する場合があります。
この休暇制度を導入しやすいよう、厚生労働省では学びなおしを推進する企業に向けて、人材開発支援助成金を設けています。助成金を活用することで、企業側はリカレント教育を推進するためのコスト負担が軽くなります。
人材開発支援助成金(特定訓練コース/一般訓練コース)
人材開発支援助成金(特定訓練コース/一般訓練コース)は、企業が雇用保険被保険者に対して、職務に関する専門的な知識やスキルの取得を目的とした訓練を行った場合に出る助成金です。訓練中の賃金と、訓練にかかった経費の一部が助成されます。
人材開発支援助成金(教育訓練休暇付与コース)
同じ人材開発支援助成金でも「教育訓練休暇付与コース」は、リカレント教育のための教育訓練休暇を企業が導入し、従業員が実際に休暇制度を活用した場合に出る助成金です。制度の導入経費と、訓練中の賃金の一部が助成されます。
人材開発支援助成金(特定訓練コース、一般訓練コース、教育訓練休暇付与コース、特別育成訓練コース)|厚生労働省
働き方改革の推進
助成金や給付金の制度を活用しても、肝心の学ぶ時間が確保できなければ、リカレント教育の十分な効果は期待できません。そのため、リカレント教育を推進する企業は、まず働き方改革を推進していく必要があります。
従業員が学びの時間を確保できるよう、休暇制度の導入や就労時間の前倒しといった働き方改革を推進することも、リカレント教育における重要な取り組みのひとつです。
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まとめ
企業側の視点では生産性向上や従業員のキャリア形成、労働者側の視点ではスキルアップやキャリアアップなど、リカレント教育にはさまざまな効果が期待できます。
ただし、リカレント教育を推進するには、企業も積極的に環境を整備していかなければなりません。「費用や時間がかかる」という理由でどうしても躊躇してしまう場合は、助成金制度などを活用してみるのもよいでしょう。
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