企業における情報開示の透明性が問われるようになり、これまではあまり浸透していなかった人的資本の公開も求められるようになりつつあります。2022年には日本政府も人的資本開示を義務付ける方針を発表し話題になりました。
ISO30414は、企業が人的資本開示を行う際のガイドラインとして策定されたものです。本記事ではISO30414の具体的な内容や、日本における今後の見通し、事例などを解説していきます。
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ISO30414とは
ISO30414(読み方:アイエスオーサンゼロヨンイチヨン)は、組織活動を管理するマネジメントシステム規格の一つで、2018年に制定された企業における人的資本に関する情報開示のガイドラインです。
企業活動において人的資本を適切にマネジメントすること、つまり人材戦略は事業貢献に大きな影響を与えます。しかし、これまで人的資本や戦略を管理・可視化するための国際的な基準はありませんでした。
ISOでは、ISO30414によって「国際規模で認識できる人材に関する主要な指標を多数提供することで、企業は人的資本情報をより効果的に開示し、HR活動をより適切に管理し、全ての利害関係者により高い透明性を提供できる」としています。
ISOとは
ISOとは、スイスのジュネーブに本部がある非政府機関です。耳にした方も多いのではないでしょうか。
正式名称はInternational Organization for Standardization(国際標準化機構)といい、ISOはその略称です。
国際的な標準規格を定めており、世界中でこれを基準にすることにより、安定した品質の製品やサービスなどを供給できます。組織活動の品質などを管理する仕組みについてもISO規格が定められており、マネジメントシステム規格とされています。
ISO30414が注目される背景
ISO30414が注目される背景にはどのようなものがあるのでしょうか。
高まる人的資本開示の重要性
人的資本とは、非財務的な要素である人材や人材が持つスキルなども企業の資本であると捉える考え方です。
企業の財務的な要素や評価は、IRレポートや企業信用調査報告書で、ある程度確かめられますが、企業がどのような人的資本を持っているかは外部からは不明な点が多くありました。こういった背景から、海外では一足早く人的資本開示の重要性が指摘され、毎年レポート化する企業も増えてきています。
参考・出典:人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~│経済産業省
経済産業省の見解と伊藤レポートの発刊
経済産業省では、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」いわゆる人材に関する伊藤レポートを発刊し、人的資本の重要性を指摘しています。伊藤レポートでは、コロナ禍をむしろ「強い意志で未来を柔軟に創り変える」機会にしなければならないとしています。
その中でも特に、経営戦略と連動した人材戦略についてどのように実践するかという点と、投資家にいかに情報を伝えていくかという点を両輪で考えなければならない、としました。
参考・出典:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~│経済産業省
ESG投資の広まり
ESGとは、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の略です。ビジネス環境や財務的な視点のみでなく、これらの要素について高い意識を持った企業は持続可能性が高い、と考えられるようになってきています。
世界のESG投資は3,000兆円規模ともいわれ、無視できない規模です。ESGにおける社会(Social)にはダイバーシティ・インクルージョンも含まれ、ISO30414には人的投資だけでなく、ダイバーシティに関する項目も存在します。
コーポレートガバナンス・コードの見直し
日本最大の証券取引所である東京証券取引所は、企業ガバナンスに関して原則を取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード」を発行しています。 コーポレートガバナンス・コードでは、主に上場企業における企業内ガバナンスについてのガイドラインが示されています。
2018年6月に改訂された内容には人的資本や人材投資についても、具体的にどのように何を行うか株主に明確に説明すべきだというものが含まれることになりました。
日本では、これがISO30414に注目する契機となったといえるでしょう。
日本における今後の見通し
アメリカの株式市場で上場している企業は、すでにSEC(米国証券取引委員会)へ人的資本を含むレポート提出が義務付けられています。コーポレートガバナンス・コードの見直しや、投資家から情報開示を求められることを踏まえると、今後日本でもISO30414の対応が一般化する可能性は高いといえるでしょう。
事実、2022年5月に日本政府は人的資本について、2023年にも有価証券報告書への記載の義務付け方針を発表しました。
ISO30414をはじめとした人的資本の状況開示は投資家へのアプローチだけでなく、企業に応募する人材も参考にすることが想定されるでしょう。採用における競争力に差がつくと予想されています。
ISO30414を導入するメリット
ISO30414を導入するメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
ステークホルダーが、人的資本について正確に把握できる
ISO30414において定められた項目にのっとり、人的資本について情報開示を行うことで、透明性の高い情報開示が行えます。ISO30414では、それぞれの項目が定性・定量的に定められているため、企業の正しい状態や価値をわかりやすく伝えられることが大きな特徴です。
投資家などの関係者が人的資本について正確に把握できるため、適切な投資を呼び込めます。
企業の安定的な経営・発展につながる
ISO30414を導入して人的資本を開示するために情報を整理していくと、どのような人材が会社の発展に貢献しているのか、また自社に足りないのか見えてきます。さらに定性・定量的に人的資本について整理していくことで、人材戦略がどのようなプロセスで企業の成長に貢献するのかもわかりやすくなる効果も期待できます。
これらにより、企業に必要な人的資本が明らかとなり、安定的な経営へのヒントとなるでしょう。
戦略人事に取り組みやすくなる
戦略人事は「攻めの人事」とも呼ばれています。
従来の管理的な要素が強い労務などに代表される「守りの人事」に対して、経営戦略に即した人材採用・育成戦略を構築して取り組むのが戦略人事の役割です。 戦略人事を実現するには、その根拠となるデータが欠かせません。ISO30414を導入することによってより正確な現状把握ができ、戦略人事に取り組みやすくなります。
多様な人材を採用するきっかけに
ダイバーシティに取り組んでいても、ISO30414に則って定性的・定量的に人的資本に関する情報を整理してみると、まだまだ十分でないこともあり得ます。人的資本を可視化することによって、多様な人材を採用するきっかけにもなります。
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ISO30414の具体的な項目
ISO30414では、そのなかで人的資本に関する情報開示項目を11領域49項目と定めています。これらは、企業の規模や公的・私的な組織にかかわらず、あらゆる組織に適用可能な基準だとしています。
コンプライアンスと倫理
コンプライアンスと倫理カテゴリには、違法行為、外部との争い、コンプライアンス・倫理研修を受講済みの従業員比率などが含まれています。
コスト
人事・人的資本に関連するコストのカテゴリです。給与の平均や人件費の総額、採用に関する費用が含まれています。
ダイバーシティ
組織における人材に、どれだけ多様性があるかを示す項目です。従業員と、マネジメント層の多様性を示します。
リーダーシップ
企業における経営層や、マネジメント層のリーダーシップに関するカテゴリです。リーダーに対する信用や、マネジメントする従業員数・どのようにリーダーシップを開発しているかが含まれます。
組織文化
従業員の組織に対する満足度など、組織文化に関するカテゴリです。リテンションの割合や、従業員のコミットメント・満足度が含まれます。
組織の健康、安全、福祉
組織における健康経営に関するカテゴリです。このカテゴリには、安全や健康に関する研修への参加情報や事故・死亡件数が含まれます。
生産性
生産性は、企業の生産性に関する具体的な情報を示すカテゴリです。従業員1人当たりの利益やROIが含まれます。
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スキルと能力
従業員のスキルや能力開発に関するカテゴリです。人材の教育・開発にかかる費用やプログラムの内容を記載します。
後継者育成
経営層や幹部などの候補や、後継者育成に関するカテゴリです。後継者の準備率などを開示します。
労働力確保
企業の労働力確保に関する項目です。従業員数や業務委託、休職に関する情報が含まれます。
ISO30414に準拠した開示の進め方
ISO30414に準拠するには単なる人事の労務データだけでなくさまざまなデータが必要です。効率よくデータを集めるにはHRTechの利用も有効でしょう。
また、開示するだけではISO30414の本来の意義が達成できません。収集したデータをもとに、企業の人的投資に関する意思決定をしていくための体制を構築する必要があります。
- 1データを集めるための環境構築
- 集計したいデータに応じたHRTechツールを導入するなど、環境構築をする段階です。そもそもデータを集めていない場合には、アンケートなどを実施してデータを取得する必要があります。
- 2データを集計、加工するための環境構築
- 次に、集めたデータを分析・加工するための環境を構築していきます。BIツールの導入などがこれに該当します。
- 3開示して終わりではなく経営の意思決定に生かす
- データが整ったら、経営層に開示し企業経営における意思決定に生かしましょう。これから必要な人材などもより明確に見えてくるはずです。
国内外の事例
国内外の人的資本に関する開示事例には、どのようなものがあるのでしょうか。
アリアンツ
アリアンツは、ドイツにおいて上場している世界でも規模の大きい保険会社です。 アリアンツでは毎年People Fact Bookを発行して人的資本を開示しています。58ページにわたって構成されているPeople Fact Book2021の冒頭では、HRT(Human Resources Transformation)というデジタルトランスフォーメーションに取り組み、成功させたことに触れています。
外部機関からも多様性を評価されており、トランスジェンダーの従業員の権利保護について、法的背景を説明するよう努める取り組みなども行っていることが特徴です。
性別や各職種の比率がわかりやすく表現されており、特に各国拠点における女性比率および女性管理職比率は複数のページで示されています。マネージャーが平均して何人の部下をマネジメントし、責任を負っているかなどは、従業員のキャリア形成にも役立つ情報でしょう。
95%の従業員が従業員支援プログラムを利用するなど、レポートからは同社の働きやすさも伝わります。
参考・出典Allianz People Fact Book 2021│Allianz
ソニーグループ
ソニーグループでは、サステナビリティレポートにおいて、30ページにわたり詳細に人的資本について開示しています。 人材については、個のエンゲージメントを高めることが経営全体のパフォーマンスを高めると冒頭で示しました。
さらに日本拠点における女性管理職比率が年々右肩上がりに推移していることや、ダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みに特に注力しています。
またLGBTQ+の社員に配慮し、通称名の使用や多目的トイレの設置を推進していることも特徴的です。ソニーグループは、米国株式市場で上場しているため、人的資本開示を含むレポートをSECに提出しています。
よくある質問
- Q.ISO30414の読み方は何ですか
- A.
ISO30414は「アイエスオーサンゼロヨンイチヨン」と読みます。
- Q.ISO30414の項目一覧は何ですか
- A.
ISO30414では、そのなかで人的資本に関する情報開示項目を11領域49項目と定めています。11領域は下記になります。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 組織の健康、安全、福祉
- 生産性
- 採用、異動、離職
- スキルと能力
- 後継者育成
- 労働力確保
49項目については「ISO30414の具体的な項目」をご覧ください。
- Q.ISO30414の目的は何ですか?
- A.
人的資本や戦略を管理・可視化するためです。ISOでは、ISO30414によって「国際規模で認識できる人材に関する主要な指標を多数提供することで、企業は人的資本情報をより効果的に開示し、HR活動をより適切に管理し、全ての利害関係者により高い透明性を提供できる」としています。
- Q.ISO30414の影響はありますか?
- A.
アメリカの株式市場で上場している企業は、すでにSEC(米国証券取引委員会)へ人的資本を含むレポート提出が義務付けられています。2022年5月に日本政府は人的資本について、2023年にも有価証券報告書への記載の義務付け方針を発表しました。ISO30414を導入するメリットについては「ISO30414を導入するメリット」をご覧ください。
まとめ
ISO30414は、国際的な人的資本についての情報開示ガイドラインです。ISO30414が注目される背景には、人的資本開示の重要性が高まっていることや、伊藤レポートの発刊によって人的資本の重要性が指摘されたことなどが挙げられます。
東京証券取引所によるコーポレートガバナンス・コードに、人的資本や人材投資について株主に説明すべきだという内容が含まれたことも大きな影響を及ぼしました。企業側には、透明性の高い情報開示を行うことで投資を呼びこみやすくなり、企業の安定的な経営・発展につながるメリットもあります。
持続可能な企業の発展のために、ぜひISO30414に取り組んでみてください。
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