近年、「賃上げ」という言葉をよく耳にするようになりました。物価上昇が続く中、従業員の生活を守るためにも賃上げは避けて通れない課題となっています。一方で、賃上げを実施することは企業にとってコストアップにつながるのではないかと懸念されるかもしれません。
この記事では、賃上げとは具体的にどのようなものなのか、企業が賃上げを実行することでどのようなメリットがあるのか、また近年の賃上げの動向について解説します。
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賃上げの定義と概要
ここでは、賃上げの基本的な概念について解説します。
賃上げとは
賃上げとは、従業員の給与を引き上げることを指します。賃上げは、従業員のモチベーション向上や生活の安定につながるだけでなく、企業にとっても人材の確保や定着率の向上などのメリットがあります。
また、社会全体の消費を活性化し、経済の好循環を生み出す効果も期待できます。
賃上げの方法:ベースアップと定期昇給
賃上げには、主に2つの方法があります。
1つ目はベースアップ(ベア)と呼ばれる方法で、基本給を一律に引き上げるものです。令和6年の厚生労働省の調査によると、管理職以外の労働者のベースアップの実施率は52.1%でした。
2つ目は定期昇給(定昇)です。これは、個々の従業員の評価に基づいて給与を上げる方法で、一般的に年1~2回実施されます。令和6年の調査では、定期昇給の実施率は83.4%と高い水準にあります。
参考・出典:厚生労働省「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」
賃上げ率の定義と計算方法
賃上げ率とは、昇給前後の給与の変化を示す割合のことで、以下の計算式で求められます。
- 賃上げ率(%)=(賃上げ後の給与 - 賃上げ前の給与)÷ 賃上げ前の給与 × 100
例えば、月給30万円の従業員の給与が33万円に上がった場合、賃上げ率は10%となります。
賃上げ率は、企業の賃上げ実績を評価する上で重要な指標の1つとなっています。
賃上げの歴史的推移と現状
日本における賃上げの歴史的な推移と現在の状況について見ていきましょう。
1990年代までの賃上げの推移
1993年までは賃上げのピーク期であり、平均賃上げ額は1万1077円、賃上げ率は3.89%と高水準でした。その後は7000円程度で推移し、賃上げ率は2%前後となっています。
この時期は日本経済が好調であり、企業業績も良好だったことから、労働組合の要求を受けて賃上げが積極的に行われていました。しかし、バブル崩壊後は景気が低迷し、賃上げ額や実施率が下がる傾向にありました。
2000年代以降の賃上げの動向
2000年代に入っても、デフレ経済の影響もあり賃上げは抑制傾向が続きました。そんな中発生したリーマンショック後の2009年には、多くの企業が賃上げを見送る状況となりました。
2020年代前半になると、人手不足を背景に賃上げの動きが再び活発化しました。特に2022年から導入が始まった政府の賃上げ促進税制もあり、企業の賃上げ姿勢は前向きになってきています。また、令和5年に厚生労働省が実施した賃金引上げなどの実態に関する調査によると、「1人平均賃金を引き上げた、または引き上げる」と回答した企業は89.1%という結果も出ています。
2023年と2024年の春闘結果
2023年春闘では、平均賃上げ率が3.58%と1994年以降初の3%台となり、平均賃上げ額も1万560円と30年ぶりの高水準を記録しました。物価上昇や人材確保の必要性から、企業側の賃上げ姿勢が積極的だったことが背景にあります。
2024年春闘ではさらに賃上げが進み、賃上げ率は5.33%と33年ぶりに5%台に到達しました。物価高騰が続く中、企業側も賃上げの重要性を認識し、高い賃上げ率を実現した形となりました。
産業別の賃上げ実施状況の特徴
令和5年の厚生労働省の調査より、賃上げ実施率を産業別に見ると、建設業が99.7%と最も高く、運輸業・郵便業は71.0%と最も低く、産業間で差があることがわかります。
この背景には、各産業の業績や人材確保の状況の違いがあると考えられます。産業ごとに置かれている状況は様々ですので、好調なところでは賃上げに積極的である一方、賃上げを実施するには厳しい状況に置かれている産業もあるようです。
賃上げが求められる背景と企業へのメリット
物価上昇と実質賃金の低下
物価上昇と実質賃金の低下は、賃上げが注目される最大の理由です。総務省のデータによると、2024年の消費者物価指数は2020年比で9.5%上昇しています。主な要因としては、ロシアのウクライナ侵攻による原材料価格の高騰や円安の影響が挙げられます。
そんな中で、物価上昇に伴い、従業員の実質賃金が低下していることが問題視されています。賃金が物価上昇に追いついていない状況では、従業員の生活水準が下がり、消費活動も抑制されてしまいます。企業としては、従業員の生活を守るためにも、適切な賃上げが求められているのです。
参考・出典:総務省「2020年基準 消費者物価指数」
メリット 1人材確保・定着におけるメリット
賃上げは、人材確保と定着の面で重要な役割を果たします。大手人材会社の調査によると、転職理由として「給与が低い」ことが全体の三分の一以上と、最も多く挙げられています。
労働政策研究・研修機構の調査では、賃上げによる効果として、離職率の低下(17.6%)や従業員モチベーションの向上(32.3%)が報告されています。別の調査によると、人手が不足していない要因として賃上げが半数を占めることから、賃上げが人材確保に最も効果的な施策の一つとして認識されています。
参考・出典:株式会社帝国データバンク「企業における人材確保・人手不足の要因に関するアンケート」
メリット 2業績・企業価値向上のメリット
賃上げによるモチベーション向上は、新製品開発の成功や売上高増加にも寄与すると考えられます。従業員の創造性と生産性が高まることで、イノベーションが促進され、市場競争力の強化につながるからです。
加えて、賃上げは企業イメージの向上にも効果的です。業界内での評判が上昇し、大手企業からの受注の増加や、採用において応募者の増加も期待できます。
また、適切な賃上げは企業の持続可能性を示す指標としても注目されており、ESG投資の観点からも企業評価にプラスの影響を与えることが期待でき、社会全体へのアピールともなります。
メリット 3経済的メリット
賃上げは、従業員の可処分所得を増加させ、消費拡大による経済の好循環を生み出します。この消費活性化は、企業業績の向上にも寄与するでしょう。
また、賃上げ促進税制による法人税控除も大きなメリットです。教育訓練費と組み合わせた追加控除や、くるみん・えるぼし認定による上乗せ控除など、税制上の優遇措置を活用することができます。
賃上げ実現のための企業の取り組み
ここでは、企業が賃上げを実現するために取り組むべき具体的な方策について解説します。
生産性向上策の導入
賃上げを実現するためには、収益力の向上が重要だといえます。その手段としてまず企業の生産性を向上させ、高効率化を行うことが役立つかもしれません。
具体的な生産性向上策としては、以下のようなIoTやAIを活用した業務の自動化が挙げられます。
- 製造現場へのロボット導入や生産ラインの自動化による作業効率の改善
- RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による事務作業の自動化
- AIを活用した需要予測・在庫管理システムの導入
- クラウドツールやビジネスチャットの活用による情報共有の効率化
- 従業員のデジタルスキル向上のための教育研修プログラムの実施
また、アデコでは業務効率化のメリットをこちらの記事に分かりやすくまとめ、紹介しています。
これらの施策を計画的に実施することで、業務プロセスの最適化と効率化を図り、企業全体の生産性を着実に向上させることができます。また、得られた収益を従業員への還元や新たな投資に振り向けることで、持続的な成長サイクルを確立することが可能となります。
収益力強化策の実施
生産性向上と並行して、企業は収益力の強化にも取り組む必要があります。収益力が高まれば、賃上げの原資を確保しやすくなるからです。持続的な企業成長と従業員への還元を両立させるためには、戦略的な収益基盤の構築が不可欠です。
具体的には、以下のような取り組みが効果的です。
- 原価管理の徹底と適切な価格戦略の構築
- オンラインマーケットプレイスなど新たな販売チャネルの開拓
- 顧客ニーズに基づいた商品・サービスの開発と展開
- デジタルマーケティングを活用した効率的な集客と販売促進
- 海外市場への展開による事業規模の拡大
これらの施策を効果的に組み合わせることで、企業の収益構造を強化し、安定的な利益創出基盤を確立することができます。
政府の支援制度の活用
賃上げを実現するためには、企業の自助努力だけでなく、政府の支援制度を活用することも重要です。政府は賃上げを促進するために、様々な支援制度を用意しています。これらの制度を効果的に活用することで、企業の財務負担を軽減しながら、従業員の処遇改善を進めることができます。
具体的には、以下のような制度を活用することで賃上げの原資を確保しやすくなります。
- 業務改善助成金による生産性向上
- 人材確保等支援助成金を活用した従業員の待遇改善
- 賃上げ促進税制による税額控除の活用
- キャリアアップ助成金による正社員化支援
- 事業再構築補助金による新規事業展開支援
支援制度の活用にあたっては、自社の経営状況や目標に合わせて最適な制度を選択することが重要です。また、申請手続きを適切に行い、要件を確実に満たすことで、確実な支援の獲得につなげることができます。専門家や支援機関に相談しながら、計画的に制度を活用していくことをお勧めします。
政府の賃上げ支援策と今後の方向性
ここでは、賃上げ促進税制の改正内容や企業規模別の優遇措置、今後の賃上げ施策の基本方針について解説していきます。
賃上げ促進税制の概要と改正内容
賃上げ促進税制は、従業員への給与増加額に応じて法人税額から一定割合を控除する制度です。2024年4月の改正により、大企業は3%以上の賃上げで10%の控除、5%以上で20%の控除が受けられるようになりました。さらに、教育訓練費を10%以上増加させたり、プラチナくるみんやえるぼし認定を取得すると、追加で最大10%の控除を受けることができます。
この改正により、企業の積極的な賃上げを促す効果が期待されています。
企業規模別の税制優遇措置
賃上げ促進税制では、企業規模に応じて控除率に差が設けられています。中堅企業は3%以上の賃上げで10%、4%以上で25%の控除が受けられます。一方、中小企業は1.5%以上の賃上げで15%、2.5%以上で30%の控除が適用されます。加えて、中小企業は教育訓練費増加による追加控除の上限が10%と、大企業や中堅企業よりも高く設定されています。
政府は、規模の小さい企業ほど賃上げが容易ではないことを考慮し、手厚い支援を行っているのです。
構造的賃上げ施策の基本方針
2023年5月に政府が発表した「三位一体の労働市場改革の指針」では、構造的な賃上げ施策の基本方針が示されました。その柱となるのは、リスキリングによる能力向上支援、ジョブ型人事の導入、労働移動の円滑化です。
企業は従業員の学び直しを支援し、スキルアップを図ることで、付加価値の高い仕事に従事できる人材を育成します。また、職務内容に応じた賃金体系を導入することで、従業員のモチベーション向上と生産性アップにつなげることができるでしょう。
政府は、これらの施策を通じて持続的な賃上げを実現し、日本経済の好循環を目指しています。企業にとっても、優秀な人材の確保・定着や業績向上など、賃上げによるメリットは大きいと言えるでしょう。企業には、優遇措置の利用や業務改善を積極的に推し進め、賃上げに対応していくことが求められています。
まとめ
賃上げとは、従業員の給与を引き上げることを指します。具体的な施策はベースアップと定期昇給の2つの方法があり、物価上昇による実質賃金の低下や人材確保の観点から、企業にとって重要な課題となっています。
企業が賃上げを実施することで、従業員の定着率向上やモチベーション向上、優秀な人材の確保などのメリットがあります。また、業績向上や企業イメージの向上、消費活性化による経済の好循環にも寄与するでしょう。賃上げ促進税制による法人税控除など、税制上の優遇措置も活用できます。
賃上げを実現するためには、生産性向上策や収益力強化策、政府の支援制度活用などの取り組みが重要です。政府も賃上げ促進税制の拡充や、構造的賃上げ施策の推進により、企業の賃上げを後押ししています。
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