脱退一時金とは、日本で国民年金や厚生年金に加入していた外国人労働者が出国した場合に請求できる一時金です。
外国人労働者が日本で支払った年金保険料が掛け捨てにならないために設けられた制度で、永住者でも請求できます。一方で、脱退一時金を受け取ると日本での年金の加入期間がなくなります。
本記事では、企業担当者様に向けて、脱退一時金の仕組みや要件、支給額の計算方法を解説します。受給する際の注意点も解説するので、外国人労働者に安心して働いてもらうために理解を深めましょう。
脱退一時金とは、日本での滞在期間中に公的年金制度に加入していた外国人労働者が出国した場合に、一定の要件を満たすと請求できる一時金です。
日本に短期滞在する外国人労働者は、保険料を支払って日本の年金制度に加入しても、老齢年金を受け取れません。外国人労働者が支払った保険料は掛け捨てとなってしまいます。
そこで、外国人労働者が支払った保険料が無駄にならないように設けられた制度が脱退一時金です。出国後に外国人労働者が脱退一時金を請求すれば、支払った年金保険料の一部を一時金として受け取れます。
日本で働く外国人労働者のなかには、年金制度に加入したくないと考える方も少なくありません。しかし日本国内に住んでいる20歳以上60歳未満の方は、日本国籍の有無にかかわらず、全て公的年金(国民年金や厚生年金保険)に加入が必要です。
そもそも外国人労働者自身が、公的年金に加入しなければならないことや、脱退一時金制度を知らない場合もあります。また手続きが難しいと考えている場合もあるため、丁寧に説明して理解を得ましょう。
脱退一時金を受給するには、以下の要件を全て満たさなくてはいけません。
日本国籍を持っていないことが要件のひとつですが、在留資格に関する要件はないため、永住者でも請求できます。
一方、出国後2年以上経過している場合や、老齢年金の受給資格期間が10年以上の場合などは請求ができません。
また、国民年金と厚生年金の加入期間は合算されないため、たとえば国民年金に4ヶ月、厚生年金に5ヶ月加入していた場合は、脱退一時金を受け取れません。
脱退一時金の支給額の計算方法は、国民年金と厚生年金で異なります。外国人労働者に説明できるように支給額の決まり方を知っておきましょう。
なお、国民年金・厚生年金ともに、支給額は保険料納付済期間等に応じて最大5年分です。2021年3月以前は、36月(3年)を上限として支給額が計算されていましたが、2021年4月から60月(5年)に引き上げられました。
国民年金の脱退一時金は、最後に保険料を納付した月が属する年度の保険料額と保険料納付済期間等の月数に応じて支給額を計算します。
支給額=最後に保険料を納付した月が属する年度の保険料額×2分の1×支給額計算に用いる数
支給額計算に用いる数は、保険料納付済期間等の月数に応じて以下のとおり決まっています(最後に保険料を納付した月が、2024年4月~2025年3月の場合)。
保険料納付済期間等の月数(※) | 支給額計算に用いる数 | 支給額(2024年度) |
---|---|---|
6月以上12月未満 | 6 | 50,940円 |
12月以上18月未満 | 12 | 101,880円 |
18月以上24月未満 | 18 | 152,820円 |
24月以上30月未満 | 24 | 203,760円 |
30月以上36月未満 | 30 | 254,700円 |
36月以上42月未満 | 36 | 305,640円 |
42月以上48月未満 | 42 | 356,580円 |
48月以上54月未満 | 48 | 407,520円 |
54月以上60月未満 | 54 | 458,460円 |
60月以上 | 60 | 509,400円 |
※保険料の一部免除を受けつつ納付した期間があった場合は、免除の種類に応じた期間が合算されます。
出典:日本年金機構「脱退一時金の制度」
厚生年金の脱退一時金は、被保険者であった期間に応じて最大5年分が支給されます。
支給額=被保険者であった期間の平均標準報酬額×支給率
「平均標準報酬額」は、以下①+②の合計額を全体の被保険者期間の月数で割った金額です。
①2003年4月より前の被保険者期間の標準報酬月額×1.3
②2003年4月以後の被保険者期間の標準報酬月額+標準賞与額
「標準報酬月額」とは、給与(残業手当や通勤手当などを含めた税引き前の給与)を一定の幅で1等級~32等級に区分した報酬月額に当てはめて決定した金額です。
「標準賞与額」とは、賞与額(税引き前)から1,000円未満の端数を切り捨てた金額です。
「支給率」は、最終月(資格喪失した日の属する月の前月)の属する年の前年10月の保険料率(最終月が1月~8月なら、前々年10月の保険料率)に2分の1を乗じた率に、「支給率計算に用いる数」を乗じて求めます。
支給率=保険料率×2分の1×支給率計算に用いる数
被保険者期間であった期間に応じた具体的な支給率は、以下のとおりです(最終月が2021年4月以降の場合)。
被保険者であった期間 | 支給率計算に用いる数 | 支給率 |
---|---|---|
6月以上12月未満 | 6 | 0.5 |
12月以上18月未満 | 12 | 1.1 |
18月以上24月未満 | 18 | 1.6 |
24月以上30月未満 | 24 | 2.2 |
30月以上36月未満 | 30 | 2.7 |
36月以上42月未満 | 36 | 3.3 |
42月以上48月未満 | 42 | 3.8 |
48月以上54月未満 | 48 | 4.4 |
54月以上60月未満 | 54 | 4.9 |
60月以上 | 60 | 5.5 |
脱退一時金は、脱退一時金請求書と添付書類を日本年金機構や各共済組合などに提出して請求します。大まかな流れは以下のとおりです。
①必要な書類を準備する
②脱退一時金請求書を提出する
③脱退一時金を受け取る
外国人労働者が退職し、日本を出国してから請求しますが、請求できるのは転出日の翌日から2年間と決まっています。外国人労働者がスムーズに請求できるように、あらかじめ請求方法の説明も大切です。
また、企業が代わって手続きする場合は外国人労働者の退職前に準備しておきましょう。
脱退一時金の請求には、「脱退一時金請求書」が必要です。
脱退一時金請求書は、日本年金機構のホームページからダウンロードできます。または「ねんきんダイヤル」に電話すると郵送してもらえます。年金事務所や年金相談センターや自治体の国際化協会で入手も可能です。
また、請求の際は、脱退一時金請求書に以下の書類を添付します。
添付書類 | 具体例 |
---|---|
パスポート(旅券)の写し |
|
日本国内に住所を有しないことが確認できる書類(出国前にお住まいの市区町村で転出届を提出した場合は不要) |
|
受取先金融機関名、支店名、支店の所在地、口座番号、請求者本人の口座名義であることを確認できる書類 |
|
基礎年金番号を明らかにすることができる書類 |
|
委任状(代理人が手続きする場合) | - |
企業が外国人労働者に代わって請求する場合、委任状の添付も必要です。委任状の様式は自由ですが、日本年金機構のホームページでもダウンロードできます。
脱退一時金請求書と添付書類を日本年金機構本部または各共済組合に提出します。
項目 | 内容 |
---|---|
請求者 | 外国人労働者本人または代理人 |
提出方法 | 郵送または電子申請 (就労以外の目的で来日した場合は、年金事務所または年金相談センターの窓口での提出も可) |
提出先 | 日本年金機構、各共済組合 |
請求期限 | 日本の住所を有しなくなった日から2年 |
提出先は、外国人労働者が日本滞在中に加入していた制度・期間によって異なります。
日本滞在中の年金の加入期間が、国民年金または厚生年金保険の期間のみの外国人労働者は、日本年金機構が提出先です。
一方、共済組合等に加入していた期間がある外国人労働者は、保険料納付済期間等や最後に加入していた制度に応じて異なるためご注意ください。
区分 | 提出先 |
---|---|
国民年金の脱退一時金が支給されない場合 (保険料納付済期間等が6月未満) |
最後に加入していた被用者年金の実施機関 |
国民年金の脱退一時金が支給される場合 (保険料納付済期間等が6月以上) |
日本年金機構 |
書類に不備がなければ、受付の約4ヶ月後に脱退一時金が支給され、支給と同時に「脱退一時金支給決定通知書」が送付されます。
不備があると支給額の決定や支給に時間がかかってしまうため、よく確認した上で請求しましょう。
脱退一時金請求書の主な記入項目は以下のとおりです。
項目 | 記入内容 |
---|---|
請求者本人に関する情報 | 氏名、生年月日、国籍、出国後の住所 |
脱退一時金の振込先口座に関する情報 | 銀行名、支店名、支店の所在地、口座番号、口座名義、銀行の証明欄 |
基礎年金番号通知書または年金手帳などの記載事項 | 基礎年金番号、各制度の記号番号 |
請求者の氏名や振込口座欄は、アルファベットの大文字で記入します。
また、請求書に記入する住所は「出国後の日本国外の住所」です。日本国内の住所を記入すると、国内居住者とみなされ、脱退一時金を受け取れません。
日本国内の代理人あてに関係書類を送付してほしい旨を委任状に記載すれば、脱退一時金返戻書類が代理人に送付されます。
なお、脱退一時金請求書は外国語と日本語が併記されており、英語や中国語などの14言語に対応しています。
脱退一時金を受給すると、日本で支払った年金保険料の一部を一時金として受給できます。ただし、脱退一時金の注意点は以下のとおりです。
外国人労働者が安心して社会保険に加入できるように、きちんと理解しておきましょう。
出国前に日本国内で脱退一時金を請求する場合は、住民票の転出(予定)日以降に脱退一時金請求書を提出しましょう。
日本年金機構が請求書を受理した日に日本に住所を有していると、受給要件を満たさないため、受給できません。
そのため、郵送で請求する場合は、脱退一時金請求書の到着が転出日以降になるように送付します。
外国人労働者が脱退一時金を受け取ると、請求以前に日本で年金に加入していた期間は全てなくなります。そのため、脱退一時金を受け取るかどうかは、日本で老齢年金を受け取る可能性も含めて検討しなければなりません。
日本の老齢年金は、受給資格期間が10年あれば受給できます。
受給資格期間とは、以下を合わせた期間です。
合算対象期間とは、日本の年金制度に加入していなかった場合も資格期間に含められる期間です。たとえば、日本で永住権を得た外国人労働者の場合、海外在住期間のうち、1961年4月から永住許可を取得するまでの期間(20歳~60歳未満の期間のみ)は合算対象期間です。
また、日本と年金通算の協定を締結している相手国の年金制度に加入していた期間がある方は、合算対象期間として資格期間に含められる可能性があります。
脱退一時金の支給額は最大5年分であるため、日本で老齢年金を受け取れる可能性があるなら、脱退一時金を受け取るよりも受給できる金額が大きくなるかもしれません。受給するかどうかは、支給額を計算した上で慎重に検討しましょう。
厚生年金の脱退一時金は、支給時に20.42%の税金が源泉徴収されます。ただし、「退職所得の選択課税による還付のための申告書」を税務署に提出すれば、所得税が還付される場合があります。
所得税の還付を受けるには、「所得税・消費税の納税管理人の届出書」を税務署に提出し、納税管理人を指定しなければなりません。
納税管理人とは、納税義務者に代わって納税に関する手続きを行う方です。納税管理人として指定できるのは、「日本に住所地または居所地を有する方」で、ほかの要件はありません。また、届出書の提出は出国前でも出国後(請求時)でも提出できます。
なお、国民年金の脱退一時金は源泉徴収されません。
再入国許可(みなし再入国許可も含む)を受けて出国する場合も、市区町村へ転出届を提出していれば脱退一時金を請求できます。
一方、転出届を提出していない場合、再入国許可期間中は原則として脱退一時金を請求できません。再入国許可の有効期間が経過するまでは、国民年金の被保険者となるためです。
なお、再入国許可の有効期間中に再入国しなかった場合は、再入国許可の有効期間(みなし再入国許可期間)が経過した日から2年間、脱退一時金を請求できます。
外国人労働者が日本での滞在期間中に国民年金や厚生年金に加入しており、出国した場合、一定の要件を満たすと脱退一時金を請求できます。
すでに納めた保険料の一部を一時金として返してもらえるため、日本で支払った年金保険料が掛け捨てになるのを防げます。
ただし、出国後2年が経過すると請求できなくなる点や、受給すると年金の加入期間がなくなる点には注意が必要です。
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